ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -79ページ目


すでに一日、二日前から世界のローリング・ストーンズ業界を駆け巡っているニュースです。

ゾク盤でさんざん聴き倒してきた、1973年のベルギー、ブラッセル(ブリュッセル)公演が、その詳細発表は後日待ちながらも、グーグルミュージック経由でオフィシャル化されるというのだから、驚いた。
ブートレグ盤「ブラッセル・アフェアー」などに代表される73年秋のツアーというと、結果的にはミック・テイラー在籍時のラストツアーになってしまったことでも有名ですね。

それにしても、ユーチューブ動画の扉絵のお方はなかなかのカンロクっぷりで、50年イベントへの期待感を高めてくれています。 


ローリング・ストーンズ1978年レジェンド、今週発売です。

「タイにも入ってきますよ! 」

との若旦那氏の激励を信じていますが、今では非コピー盤の「レディース・アンド・ジェントルメン」のブルーレイディスクも量販店でよく見かけるようになってます。

1978年というと「ストーンズが来日する」なんてことは<夢のまた夢>の時代にして、自分がストーンズにハマりはじめた頃。
指折り数えてみると早や33年が経過していることには、嗚呼バンカン胸にせまりくるものがありますね。

ちなみに、当時の押しも押されもせぬ日本のスーパースター沢田研二演じる高校教師が自宅で原子爆弾をつくり、「ストーンズを日本に呼べ」と政府を脅迫する映画「太陽を盗んだ男」が公開されたのは1979年。
今の政府だったら、「タダチにそうします」とサッとストーンズを呼んでくれたりして。



洪水解説番組に出ずっぱりで今やすっかり<時の人>となった大学の先生(上の動画の御仁ではありません)のいうことは、

「このぶんだと、戦勝記念塔も危ないですね」

などと、なかなかのスペクタクル感たっぷりなんですが、先生の警告から数日が経過しても戦勝記念塔までは汚水は押し寄せていません。
もちろん、先生の言うことの当たりハズレを指さして笑うツモリはサラサラないし、今となっては政府の復興プランの青写真も知りたいところなので、テレビの国会中継を見てると、タイのハマコーさん(と僕が勝手に決め込んでる)ことチューウィット議員が、12分間の大演説を始めるところだった。

政治家というよりも何かの間違いでバッヂをつけてしまった粗暴なふるまいの元風俗店経営者に、格調の高いスピーチなどは最初から期待していないけれども、最後の理性を残して固有名詞こそは出さなかったものの、この日の弁舌も暴走し、

・今回の大洪水の遠因をつくった、許すまじき人物

を特定しながら、「アンタのせいで500人もの人間が命を失い、何百万もの国民が今なお苦しんでいるんだ。そうカンタンには死なせないからな」などと言い放っていた。
ちなみに、美人すぎる総理大臣もチューウィット議員にかかると、<そのへんの厚化粧のオバチャン>になってしまうらしいので、氏が糾弾しているのはもっと年配の金権政治屋サンのようです。

相手がかつての政治指南役であろうがなんだろうが、みんなが言いたくても言えないことをズバズバ言ってしまうところに、チューウィット議員の存在意義があるんでしょうね。

この日もチューウィット議員は上は背広でも下は半スボン姿で登院し、演説が終わると、「被災者の苦しみをわかちあうために」と洗面器を片手に被災地にすっ飛んでいったとのことです。
ローリング・ストーンズ野郎の雑記

中田英寿と交友がある村上龍にとってはそれほど無縁な土地ではないからなのか、「龍言飛語」の中でバンコクの洪水問題をチラリと取り上げてます。

聞き手のノブエなにがしのイジラレっぷりは「昭和歌謡大全集」の頃からだけど、

「ニュース見てても明るかったですよ。犬を泳がせてるし」

と、よくありがちな<微笑の国タイですから>モード的に話をまとめようとするところを、村上が呆れ顔でバッサリ。
日本より貧しいとされている社会に自身の共鳴項を見出そうとしたものなのか、音楽を通してキューバにハマってきた村上ならでわの即答なのかも知れません。

「冠水、洪水なんてタイでは日常茶飯事。大騒ぎすることないんだよ」

とさんざんっぱら嘯いてきた一部のタイ人、ガイジンもいざ大量の汚水と汚物に取り囲まれてしまうと、洪水の認識を変えざるをえないようです。
どうしようないバンザイ状態の時に、人間は怒るか、泣くか、笑うか、の違いというだけです。


と別に予想していたわけでもないんですが、松任谷由実が「春よ、来い」を歌う方向なんですね。

ある日突然、家族を失ったり、いまも危険に晒されてる方々に比べれば、洪水混乱などゴマツブのような苦しみだ、と考えるようにしています。
上の動画はユーミン・オリジナルではなく、「卒業写真」をカバーしたこともある浜崎あゆみ。