ヴァイオリン マスターワークス 8
シェリングのベートーヴェン
曲目/ベートーヴェン:
・ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61
・ロマンス第1番ト長調Op.40
・ロマンス第2番ヘ長調Op.50
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
指揮:ベルナルト・ハイティンク
録音:1973年4月(Op.61)、1970年9月(Op.40,50)、ステレオ
2009年に発売された「ヴァイオリン・マスターワークス」に含まれる一枚です。音源はデッカとフィリップスから選ばれており、ヴァイオリン音楽の全貌を手軽に把握するのに十分な傑作がズラリ揃って壮観です。激安にも関わらず内容が良いということでベストセラーとなった「ピアノ・マスターワークス」の続編ですが、今考えるとあまりにも安直なボックスセットであったことも事実で、今ではすっかり忘れ去られています。なぜならウォルトンやバーバーの作品は含まれていても、ヴィオッティとかコルンゴルト、ハチャトゥリアンなどの作品は含まれていません。この頃は同じユニヴァーサルグループでもグラモフォンは別格という位置付けであったんでしょうなぁ。なかなか融合することはありませんでした。
激安だったので実際は簡易ジャケに収納されていました
演奏はグリュミオー、シェリング、クレーメル、アッカルド、諏訪内晶子、ジョゼフォヴィッツなど有名どころが名を連ねており、それぞれの作品を安心して鑑賞できるのがポイントでしたが、ベートーヴェンのソナタ全集がモノラル録音が収録されているなどやや片手落ちでした。
さて、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、数多くの名演奏が存在します。例えば、ダヴィッド・オイストラフの演奏は、力強く情熱的な演奏で知られています。また、イツァーク・パールマンの演奏は、技巧的な素晴らしさと豊かな表現力が魅力です。最近では若手も台頭してコパチンスカヤとかリサ・バティアシュヴィリなどは非常に個性的な名演を繰り広げています。シェリングの演奏は、これらの演奏家と比較すると、オーソドックスでありながら、より知的で洗練された印象を受けます。もちろん、好みの問題ではありますが、小生はシェリングの演奏が最もベートーヴェンの音楽に合っていると感じています。
ヘンリク・シェリング(Henryk Szeryng、1918年9月22日 - 1988年3月3日)は、ユダヤ系ポーランド人で、メキシコに帰化したヴァイオリニスト・作曲家です。最初はカール・フレッシュに師事、その後、パリ音楽院に渡りジャック・ティボーに師事。同校を首席にて卒業しています。つまり、フランコ・ベルギー派の流れなんですなぁ。
ここではハイティンクの築く堅牢なバックに支えられシェリングのヴァイオリンは天空を舞うかのようです。と言って決して奇を衒う訳ではなく、聴きようによっては生真面目な演奏と思われるかも知れません。何が天空を舞うのか、ヴァイオリンの音そのものが舞うのです。どこまでも届きそうな芯のある音には言葉がありません。
第1楽章、あの冒頭のティンパニ。ハイティンクはティンパニの4連打を比較的強めに、そして速めのテンポで始めます。ハイティンクには凡庸という評価がつきまとっていた指揮者ですが、こういう生真面目さには好感を持ちます。
そしてこのレコードはフィリップスの録音であるという事だけで小生の評価は星3つになります。当時はデッカとこのフィリップスが録音面では好きな響きを持っていました。さすがフィリップスは音楽メーカーだなぁと感じた次第です。単純な4つの打音が、この楽章全曲のリズムを作りだし、特に冒頭では徐々に大管弦楽に発展してゆくところなどベートーヴェンの偉大さを感じます。「英雄」は2つの和音、「運命」は4つの和音、これだけで曲を構築するのですからは。そしてコンセルトヘボウ管のトゥッティの美しさ、豊かさ、暖かさ。その上にシェリングのヴァイオリンが、スーッと入ってきます。その美音、高貴な雰囲気、時にものすごく感傷的・抒情的なヴァイオリンがたまりません。シェリングはこれ以前にもイッセルシュテットと録音していますが、これは甲乙つけ難いところがあります。
第2楽章は、第1楽章であれほど登場したティンパニが消えて、弱音器付きのストリングスの柔らかさ、暖かいピチカートが印象的。
そしてベートーヴェン得意の変奏曲。もうシェリングのヴァイオリンが、美しさの極みです。微笑んだり、涙ぐんだり、優しく愛撫したり、真剣に祈ったり・・・・表情が色々変化して、音色もデリケートで、美音が響きます。高音がよく伸びて、やがて薄くなってフワッと消えてゆく残響・・・・コンセルトヘボウでの名録音が、こういうところで発揮されます。
終楽章は、微笑みのロンドです。シェリングのヴァイオリンは弾んだり、流麗に舞ったり、軽やかです。そんなヴァイオリンにコンセルトヘボウ管の音が加わると、曲想はまるで違うのに「田園」の終楽章にも似た感謝・永遠の幸福が響いてくるような気がします。たった一曲しかヴァイオリン協奏曲を残さなかったベートーヴェンですが素晴らしい完成度の音楽の響きがここにはあります。
多くのヴァイオリニストがクライスラー作のカデンツァを採用しますが、珍しいことにシェリングはヨアヒム作のものを採用しています。
シェリングは1965年にイッセルシュテット/ロンドン交響楽団をバックにして同曲を録音しており、どちらを採るかはもう好みの問題です。厳しさでは旧盤、もう少しリラックスした温かみではこの新盤ということになりそうです。どちらも全体的にはゆったりしたテンポですが、第2楽章はこの新盤のほうがやや速めのテンポを採っています。もちろん両盤を座右においていただくのがベストだと思います。
格調高く香るシェリングのベートーヴェン。ヴァイオリン協奏曲の最高峰で、ベートーヴェン中期の大傑作。名手シェリングが、崇高な精神と深い美しさをあますところなく表したこの名作の屈指の名演です。豊かなニュアンスや奥行きのある表現力など、熟期のシェリングの至芸を味わえます。
ロマンス第1番 1970年9月14,15日録音
・・・この後に収録されている「ロマンス第2番」の後に作曲されたこの曲、ヴァイオリン独奏に重音奏法を求めているそれなりに難易度は高いのですが、ヴァイオリン協奏曲が収録された録音には必ずと言っても良いくらいにこの第1番と第2番はセットで扱われることが多いです。その伸びやかで美しいヴァイオリンは非常に聴きごたえのある演奏で、穏やかで慈愛の念が感じられるコンセルトヘボウ管の暖かいサウンドと相性が良いようにも思えます。
ロマンス第2番 1970年9月14,15日録音
・・・先の「ロマンス第1番」よりも前に作曲されています。メロディックでシンプルながら美しいヴァイオリンの音色を味わうことができるのはもちろんのこと、オーケストラのサウンドもヴァイオリンをより引き立てるような素晴らしい味付けがされていて全体的に温和で親しみやすい空間が出来上がっています。
イッセルシュテットとの録音はこちらで取り上げています。