蔦谷重三郎 江戸芸術の演出者 | geezenstacの森

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蔦谷重三郎

江戸芸術の演出者

 

著者:松木寛

出版:講談社 講談社学術文庫

 

 

 2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう――蔦重栄華乃夢噺」の主人公、蔦屋重三郎とは何者か。日本美術史と出版文化の研究者による決定版解説書。サントリー学芸賞受賞作。
江戸中期の出版界に彗星のごとく登場し、瞬く間に頂点にまで上り詰めた版元・蔦屋重三郎、通称「蔦重」は、作家や絵師の才能を見抜く眼力と、独創的企画力を併せ持ち、山東京伝、滝沢馬琴、喜多川歌麿、東洲斎写楽らを育て、黄表紙、狂歌絵本、浮世絵等に人気作を連発、時代の寵児となった。浅間山の噴火と大飢饉、田沼意次と松平定信の抗争などを社会背景に、天明・寛政期に戯作文芸や浮世絵の黄金期を創出した奇才の波瀾の生涯を追う。
作家、画家、版元仲間などのさまざまの人間模様を描き出し、この時期の文芸の展開を社会史的に捉えた意欲作にして、必読の定番書。「単なる出版「業者」ではない「江戸芸術の演出者」としての蔦重の歴史的役割を明らかにしてみせた。」(高階秀爾氏、サントリー学芸賞選評)。図版も多数掲載。新版刊行にあたり、あらたに池田芙美氏(サントリー美術館学芸員)が巻末に解説を執筆。
〔原本は日本経済新聞社、1988年刊。2002年に刊行された講談社学術文庫版の新版〕---データベース---

 

 そう、もともとはこの本は学術書です。という事は我々が良く利用する「wiki」と一緒なんですね。ただ、テレビドラマとして放送されている「べらぼう」を理解しようと思うとこれが最適なのです。で、ここでは横浜流星や染谷将太なんてのは登場しません。しかし、またまた話題沸騰の出来事も出頼しました。現在東京は国立博物館で開催中の「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」で追加の展示が決まった「ポッピンを吹く女」の追加展示が決まったからなんですね。

 

 まあ、小生が子供のころは「ビードロを吹く女」と呼ばれていまして、切手のデザインにもなっている浮世絵です。喜多川歌麿の美人大首絵を代表する一図です。上半身のみを切り取った「大首絵」の構図で、ポッピンというビードロ(ガラス)細工のおもちゃで遊ぶ、若い町娘を描いています。ふいに声をかけられたのか、身体を振り向けた勢いで市松模様の振袖が大きく翻っています。一瞬の動きをとらえたスナップショット的な描写や、クローズアップされたあどけない表情がみどころです。背景には「雲母摺(きらずり)」(雲母という鉱物を摺る技法)がほどこされ、きらきらと輝くような華やかさも特筆されます。
喜多川歌麿は、寛政4年(1792)頃から版元蔦屋重三郎より美人大首絵の出版を始め、美人画の名手として人気を一気に集めたことで知られます。「婦人相学十躰」は、その最初期のシリーズです。タイトルは、10通りの女性を描き分けるという意味を指しますが、何らかの理由により刊行途中で揃物名が「婦女人相十品」へと変更され、8図が刊行された時点で制作が中断されたと考えられています。
なかでも「ポッピンを吹く娘」 は、「十躰」「十品」両シリーズ名で出版された貴重な作例です。とくに「十躰」の題名をもつ作品は、初期に摺られた点で極めて重要であり、現存例は世界的にも稀です。この作品が5月20日から追加公開されるのです。

 

 

 さてさて、この本、その版元でもある蔦谷重三郎の時代の最先端を突っ走った人生のプロデューサーとしての側面を史実に基づいてキッチリあぶりだしています。学術書ですからそのあたりの検証は数々の先人たちの論文を引用して的確に検証しています。目次は次のようになっています。

 

目次
プロローグ
一 吉原時代――創業
二 通油町進出
三 黄表紙出版と筆禍事件
四 美人画の制覇――喜多川歌麿
五 役者絵への野望――東洲斎写楽
六 次代を透視して――死
学術文庫版あとがき
解説(池田芙美)

 

 というように、今年の大河の主役・蔦屋重三郎が、どのようにして人脈と地位を築いていったのか。遺された文献から専門的な観点で紐解いていく、重厚な蔦重伝記となっています。 学術書に分類される本格的な作品だけあり、最初は少し取っ付き難い部分もありますが、丁寧なアプローチで蔦重の魅力に迫っています。図番も豊富で、蔦屋が出版した代表的な作品は網羅していますし、吉原細見からスタートし、黄表紙、狂歌本、戯作から浮世絵と幅広い出版を手掛けています。時の幕府の政策にも抗い庶民の求めるものを追求していったメディア・プロデューサーとしての生きざまは中々読みごたえがあります。

 

  蔦谷重三郎の生きた文化文政の時代は天明の大飢饉やら米屋の打ちこわしなど、物価高騰・江戸への人口集中・地方の衰退・自然災害の連続・近隣諸国の脅威…それらを受け止めてくれるはずの幕府に対する不信感。メディアプロデュースだけではなく、自己プロデュースも上手だった蔦重が、思いっきり駆け回る。など時代背景を知るとその人間性がさらに浮彫らにされます。

 

 登場する人物は山東京伝、北尾重政、喜多川歌麿、東洲斎写楽など多彩です。まさにこの時代が芸術の一時代を築いていたことが分かります。興味深いのはこの本では写楽の正体は蜂須賀家の能役者斎藤十郎兵衛という斎藤月岑の説を推している点です。まあ、この説は画家の池田満寿夫氏も以前テレビの企画で主張していたと記憶しています。作者は何らかの形で自画像を残しているというのがその根拠だったような気がしますが、この説まんざらでもないようです。