傑作!名手達が描いた小説「蔦屋重三郎と仲間たち」 | geezenstacの森

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傑作!名手達が描いた小説

「蔦屋重三郎と仲間たち」

著者:井上ひさし
   風野 真知雄
   国枝 史郎
   今 東光
   笹沢 左保
 
 
 
 NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公・蔦屋重三郎と、彼と共に江戸の町人文化を花咲かせた相棒たちが躍動する! 歴史時代小説書評サイトNo.1の「時代小説SHOW」管理人&日本歴史時代作家協会賞選考委員理流さん推薦! 「蔦重と戯作者、絵師たちの栄華と没落を描いた短編集だ」---データベース---

 今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公で「江戸のメディア王・蔦重」こと蔦屋重三郎と、彼と共に江戸の町人文化を熟成させた戯作者・絵師たちたが登場するアンソロジー小説集です。現代の人気作家・風野真知雄氏をはじめ、井上ひさし、国枝史郎、今東光、笹沢左保、久生十蘭といった名手たちが紡いだ物語です。大河ドラマをより楽しむための副読本にもなる珠玉の一冊と言えるでしょう。言ってみれば、ドラマのスピンアウト作品とも言えます。テレビで描かれるこれらの人々は多分に脚色されていて作家の森下佳子さんの物語でもあるわけですが、ここでは同時代の風野しを除いて過去の作家たちの描いた蔦重の周辺人物たちの物語が綴られています。章立ては以下のようになっています。

【収録作品と登場する蔦屋重三郎と仲間たち】
 

1.恋の川、春の町 うなぎ屋のおつら〈恋川春町〉 風野真知雄

2.京伝店の烟草入れ〈山東京伝〉 井上ひさし

3.玄白歌麿捕物帳 酔った養女〈杉田玄白・喜多川歌麿〉 笹沢左保

4.戯作者〈曲亭馬琴〉 国枝史郎

5.北斎秘画〈葛飾北斎〉 今東光

6.平賀源内捕物帳 萩寺の女〈平賀源内〉 久生十蘭

 

 裏表紙の紹介にも「べらぼう」について書かれている通り、2025年大河ドラマに連動したアンソロジーですが、風野真知雄氏の作品以外は昭和に発表されたものばかりです。今の時代、戦前戦後の昭和の時代小説の短編なんてそうそう読む機会もないので、これはこれで趣があって面白く読むことができます。多分単独では復活されることはないでしょうが、こういう切り口のアンソロジーということで再び日の目を見たと言っても過言ではないでしょう。これがまたいい味を出しています。タイトル「蔦屋重三郎と『仲間たち』」とある通り蔦重はちょっと顔を出す程度で、あとは文化文政時代の担い手たちの華やかな顔ぶれがそれぞれ主人公を飾っています。人情ものあり、捕物帳ありと、多彩な時代小説を堪能することができます。少なくとも、同じ周辺を描いていながら、以前取り上げた「蔦屋重三郎事件帖」よりははるかに面白い作品になっています。
 
 特に面白かったのは花火職人の若さと才能の瑞々しさに過去の自分と蔦重を思う井上ひさしの「京伝店の烟草入れ」。音など見えないものの描写と心理描写が引き合い物語る上手さがひかります。蔦重と共に罰を受けて数年後、山東京伝が見込んだ花火職人を襲う悲劇は松平定信の時代ならではの非合理な状況がみてとれます。そして元々は武士で、実直な馬琴が山東京伝の元を訪れ、戯作者としての道を問うのですが、同時代の者たちと違う自分の個性を見つめた馬琴が素敵に映った国枝史郎の「戯作者」が良いですねぇ。
 
 今東光氏といえば現役時代はお色気作家として名を馳せた人物で、ここでもそっち系の話題を使って若き春朗から葛飾北斎として頭角を表してきた時代の娘のお栄とともに春画にも手を抜かず名作を生み出していくいきざまがえがかれていきます。 そして、「木枯し紋次郎」で売り出した笹沢佐保は杉田玄白と喜多川歌麿を登場させての米問屋を襲った押し込み強盗の謎に玄白と歌麿が挑む捕物譚になっています。
 
 また、最後の久生十蘭の作品には若き女性ばかりが狙われる連続殺人に、希代の変人天才・源内先生の推理が冴えわたります。このバラエティさはアンソロジーならではの楽しみでもあります。こういう形での文化文政期の人物の登場のさせ方は面白いですねぇ。戦後の作家たちのこういう短編を発掘するという手法はアリだと思います。それこそ、出版社には有名無名の作家たちのこの手の作品はごろごろしているはずですから、使い捨てではなくこういう切り口で発掘して欲しいものです。