プラチナデータ
著者:東野啓吾
出版:幻冬舎 幻冬舎文庫
国民の遺伝子情報から犯人を特定するDNA捜査システム。その開発者が殺害された。神楽龍平はシステムを使って犯人を突き止めようとするが、コンピュータが示したのは何と彼の名前だった。革命的システムの裏に隠された陰謀とは?鍵を握るのは謎のプログラムと、もう一人の“彼”。果たして神楽は警察の包囲網をかわし、真相に辿り着けるのか。---データベース---
この小説が発表されたのは2010年ですが、雑誌連載はそれ以前の2006年12月号から2010年4月号に幻冬舎の「パピルス」に連載されたミステリ作品です。でマイナンバーカード(正式には個人番号カードといいます)が、日本において「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」が制定されたのは2013年、カードが実際に発行され始めたのは2016年1月からです。つまり、この小説はDNA情報に特化していますが、仕組みとしては同じであり、この時点では近未来の出来事を扱っていたわけです。この作品、2013年に映画化されていますが、そんな背景があったことを覚えておくとこの小説の重要さが増すのではないでしょうか。ただ、映画化は500ページ弱の小説を133分に凝縮していますからその魅力を完全に伝えているとは言い切れないのでここでは取り上げません。
このブログでも東野圭吾の作品は最近は頻繁に取り上げていますが、その中ではかなり満足度の高い作品でした。初日は30ページほど読んだだけでしたが、徐々にのめり込み、次の日には読破してしまいました。こういう体験をしたのは多分この作品が初めてでした。ただ、密室殺人に似た状況を作り出していたので反対に犯人は中盤から分かってしまっていたのですが、犯人逮捕までの展開はなかなかのものでした。
さて、「マイノリティ・リポート」という映画を知っている人はどれだけいるでしょう。2002年に公開されたスピルバーグ監督が制作した映画で、主演はトム・クルーズ、音楽はジョン・ウィリアムズというゴールデンコンビの作品でした。こちらは映画の舞台は2054年のワシントンで、専門の警察署が「プリコグ」と呼ばれる3人の超能力者から予知 を得て犯罪者を逮捕す流という設定のもとSFの要素を組み合わせたものであると同時に、主人公が犯してもいない罪で告発されて逃亡者となるパターンは共通しています。この小説を読んでこの映画の存在が真っ先に思い浮かびました。多分東野氏もこの作品にインスパイアされたのではないでしょうかねぇ。こんな作品です。
序盤から中盤位までは遺伝子管理社会やデジタル社会の警鐘とか、ちょっとチープな趣旨なのかと思っていましたが、少々後半になるにつれ趣は変化するようで。二重人格がもう少しトリックやその後の展開にメリハリを与えてくれるものと勝手に想像していました。警察側と警察内部での駆け引き含め軸があるようでないような感触なのですが、まぁ最後は丸く鞘に納められた?ので納得感もあるような。とりあえずテーマは置いといて、テンポの良さといい東野さんらしい読み易い作品でした。
それにしても、リュウの人格の中で登場するスズランは中盤以降は神楽の前にも姿を表すようになります。ストーリー的にはこのスズランと、DNA捜査システムの技術を習得するため、アメリカから派遣されたDNAプロファイリング研究者の白鳥里沙という女性が登場し、かなり映像化を意識した登場人物構成になっています。ストーリー自体はいつもながら緻密に組み立てられていますが、二重人格の扱いはややファンタジーな部分があり、実在か空想かが混然としている部分も見受けられます。神楽のもう一つの人格はかなり芸術に精通しているのか、スズランの人物画を僅か5時間余りで完成させています。これは現実にはちょっとありえないわなぁ。また、神楽とスズランは蓼科兄妹の故郷へ向かいますが、その時購入した切符や、途中で車内販売から購入する弁当など何処へ消えてしまうのかというパラドックスが存在します。
このストーリーのもう一つの殺人に関わる「電トリ(電気トリップ)」という脳に電気で刺激を与えトリップ体験ができる装置が登場するのですが、この装置が蓼科兄妹に使われた痕跡が無いのに射殺に使われた拳銃は同じという展開も不自然です。
国民総DNA登録による犯罪捜査の効率化を図る水面下の動きを背景に、全体像を知らされぬまま捜査を指示される浅間刑事と多重人格を抱えつつDNA捜査システム関連研究に従事する神楽を軸に、一向にDNAがマッチしない連続婦女暴行事件とDNA捜査システムの根幹部分の開発を担う蓼科兄妹殺害犯を追う過程でプラチナデータの存在が浮上してきます。このプラチナデータは一部の特権階級のDNA照合除外対象データのことです。それをシステムから除外しているのですが、これを無効にする「モーグル」というプログラムを求めての争奪戦が繰り広げられます。
ただ、敵が一人というのはストーリーの展開上ちょっと肩透かしを食います。