蔦屋重三郎事件帖 2
謎の殺し屋
著者:鈴木英治
出版:角川春樹事務所 ハルキ文庫
田沼意次が失脚し、老中首座となった松平定信は、贅沢を禁じ、彩りと艶のない生活を強制した。影響は出版にも及び、公儀をおもしろおかしく批判する読物を禁じ始めた。出版業を開始し斬新な企画でたちまち頭角を現した蔦屋重三郎が刊行した、朋誠堂喜三二と恋川春町の黄表紙は、定信の今の政を風刺したもので、いつ公儀の咎めを受けてもおかしくなかった。ある寄合の帰り道、頭巾をかぶった浪人らしき男が重三郎に突然、襲いかかった。右脇腹を斬られるもなんとか逃げ延びた重三郎は、剣の達人でもある喜三二とともに犯人探しに挑む。人気作家による書き下ろし新シリーズ、第二弾!---データベース---
いきなり時代が飛ぶという手法は宇江佐真理氏の「髪結伊佐次の捕物控え」で体験しているのでどうってことはないのですが、この第2巻は、第1巻より、11年経ってからの物語という設定になっています。しかも実質的主人公の平沢平格44歳の前巻の時には子供がいなくて養子をもらうつもり云々という言葉を発していたがはずでしたが、この巻では20歳になる「我が子」が存在していてビックリです。が此方の方が史実です。実際息子の為八も平格を継いで留守居役に就任しています。このかんではその息子に隠居して留守居役を禅譲する算段をしているところから始まっています。
さて、時代背景は田沼意次が失脚し田沼の景気の良い時代から一転、幕府は財務粛清の松平定信の時代になっています。所謂「寛政の改革」の時代です。これは一時的に成功を収めましたが、行き過ぎた緊縮ぶりに武士や庶民からの不満が噴出。その反動が、文化・文政の華やかな町人文化の隆盛という真逆の時代へとつながっていきます。
そのため江戸市民の楽しみを奪い、政府の政を批判にする黄表紙、狂歌など文化の取り締まりはますます厳しく、主人公の主人である藩主の佐竹 義和にまで注意がいく状態になります。このため、朋誠堂喜三二こと、平沢平格も圧力をかけられ、筆を折ることを決意することになります。同じ頃、盟友の恋川春町こと倉橋寿平は松平定信から呼び出しを食らっています。まあ、彼は病気を理由に呼び出しには応じなかったのですが、しかし、そんな折蔦屋重三郎が謎の刺客に襲撃を受けてしまうのです。
たまたま、その日は平格も留守居役の宴会で厠にたった時に喜多川歌麿と顔を合わせます。平格はどこかで見た顔だと思い出そうとしますが、その時は歌麿のほうから声をかけてきます。それは第1巻で蔦屋の店で重三郎と打ち合わせをしていた時の事だったのですが、11年前の出来事をさらっと書いて話をつなげるにはちょっとした無理があろうというものです。そのあいだに歌麿はどんどんと有名になっていましたからねぇ。もう一寸粋な話とであいを用意して欲しかったものです。蔦屋重三郎が襲われたのもその日です。名も知らぬ浪人に切りつけられるのです。脇腹を切られるのですが、かすり傷程度で何とか居酒屋に逃げ込みそれ以上の難は逃れることができます。
まあ、こんなことで、十三郎は平格に繋ぎを付け彼に用心棒を頼みます。前巻ではひらがげんない、この巻では蔦屋重三郎です。まるで口入屋用心棒シリーズのような展開です。まあ、同じ作者ですからねぇ。こうして重三郎の回復を待って二人で刺客の浪人探しが始まります。まあ、浪人が労咳持ちではとの推測に基づいての探索ですが、これも薬種問屋を尋ね回る事で難なく突き止めてしまいます。そして、出逢った浪人はなんとのちに東洲斎写楽になる人物だったのです。
まあ、この辺りも当たらずもがなという説に基づいての展開ですからあながち嘘とは言えません。一説にはそういう説もあるからです。まさにこれで千両役者が揃ったという感じですが、さいごにまたまた、一つの事件が勃発します。それは平格の友垣の寿平こと恋川春町が自殺してしまうからです。この巻はここで唐突に終わります。
恋川春町こと倉橋寿平が筆した黄表紙『鸚鵡返文武二道』が松平定信の文武奨励策を風刺した内容であることから、寛政元年幕府から呼び出しを受けますが、春町は病気として出頭せず、同年4月24日には隠居し、まもなく同年7月7日に死去します。NHKの大河ドラマのように先に進むのか、それとも空白の11年を描くのか気になるところです。
と、史実としては平格はこの後隠居し、黄表紙を捨ててもう一つの趣味狂歌に進むわけですが、多分3巻あたりでは主人公が本来の蔦屋十三郎に変わって物語が展開していくような気がするのですが、2018年に2巻目が発売されたあと、第3巻はいまだに出版されていません。