ブルックナー・イヤーを振り返って 4
ブルックナーの交響曲はよく聞きます。最初は班の違いなど難しすぎて理解できないものでしたが、曲自体は自分の好みに合っていたんでしょうなぁ。レコード時代によく聴いたのは廉価版でとうにゆぅされていたカール・シューリヒトの演奏でした。日本では東芝は投入する気はさらさらなかったので小生は米Seraphimやノンサッチ版を買い漁りました。ガイ版では探せばあるものでセル/クリーヴランドの3番、カイルベルト/ベルリンフィルの6番、カイルベルト/ハンブルグの9番なんかはよく聴きました。その中でも特によく聴いたのがベルリンフィルと録音した第6番です。もっとも、この曲はブルックナーの作品の中では人気がないようですがね。まあ、そんなこともあり6番を取り上げます。特集では吉成順氏の解説で演奏が紹介されていました。
ここではカイルベルトの演奏は一言も触れられていませんのであえて取り上げることにします。手持ちのCDはテルデック時代のお宝物で1985年に初めてCD化された時のものです。このCD一応ドイツ発売のものですが、CD自体は日本製で、当時のサンヨーが製造したものです。そんな時代もあったのですね。
カイルベルト
ブルックナー:交響曲第6番イ長調
指揮/ヨーゼフ・カイルベルト
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音 1963/03/10-14,Lichterfelder Festsale,ベルリン
独TELDEC 8.43194 ZK
クラシックを聴き始めた頃、カイルベルトは日本にちょくちょく来るようになってN響を指揮していました。そんな中、1968年に手兵のバンベルク交響楽団を率いて演奏会を開きました。この公演はNHKが主催していたので、演奏会はNHKで放送されました。当時、カイルベルトは丁度N響も客演していたので、二股をかけての演奏会となっていました。それと同時に、バンベルク交響楽団の演奏会にもその当時のN響の正指揮者だった岩城宏之がカイルベルトと振り分けていました。誠に心憎い配慮といえるでしょう。
さて、そのバンベルク交響楽団の演奏会の中でひときわ記憶に残っているのがトヴォルザークの「新世界から」を振ったものでした。これは、たった一度、福岡でのみ演奏されたもので、当時の記録では下記のようなプログラムのようでした。
1968年5月27日:福岡市民会館
ハイドン/交響曲第101番
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ドヴォルザーク/交響曲第9番
朴訥とした演奏の中にひなびた哀愁のようなものが漂い、カイルベルトの解釈の素晴らしさに感銘したものでした。オーケストラ自体は重厚ながら田舎のオーケストラという印象でしたが、カイルベルトの棒にはきっちりと反応し、相思相愛の関係が感じられました。多分、当時はテープレコーダーでこの演奏を録音し、繰り返し聴いたと思います。
このカイルベルト指揮のブルックナーの演奏は、第1楽章から圧倒されます。ヴァイオリンのドの音の特徴あるリズムを刻む中でコントラバスの響きがブルックナー・リズムを提示していきますが、その後の全奏からベルリンフィルのサウンドが炸裂します。ここでのベルリンフィルの豊穣な響きは特筆ものです。この年にはカラヤンが最初のベートーヴェン交響曲全集を録音していますが、ベルリンフィルも脂が乗っていたんでしようね。他流試合でもこういう名演を披露するんですから。
実は、この演奏レコードでも所有しているのですがこんないい音だとは気がつきませんでした。マスタリングも優秀なんでしょうけれども、オリジナルの録音も優れていなければこんないい音ではCD化は出来ないはずです。このCDにも録音データは記載されてなく、インターネットでカイルベルトのデータベースから拾いました。が、当時のテレフンケンの録音スタッフについてはついぞ分かりませんでした。録音会場もベルリンの中心部からちょいと南にあるリヒターフェルデにあるホールで録音されています。多分テレフンケンぐらいしか使用していないホールなのでしょうが、めっぽう音がいいのでびっくりです。これ聴いたらカラヤン/ベルリンフィルの音がどれほどドンシャリでやぼったいかがわかります。
それにしても、カラヤンのベルリンフィルがこんな音を出すのか、と少々驚きに似た気分になります。この曲の素晴らしさはとりわけ第2楽章のしみじみした美しさにあると思います。ブルックナー自身はこの楽章に「きわめて荘厳に」と記していますが、カイルベルトは聴いただけでその指示が思い浮かぶほど適切に演奏しています。第3楽章のスケルツォは三部形式になっていますが、精緻な演奏で力強い筆致の楷書を見るような、骨太な演奏に仕上がっていると思います。金管の巧さは特筆ものでベルリンフィルのアンサンブルの良さが光ります。それは第4楽章にも言えることで。第1ホルンはゲルト・ザイフェルトだと思いますが素晴らしい響きです。こんな録音があったから、カラヤンはなぜかブルックナーの交響曲第6番を70年代後半に入り録音のためだけに演奏しましたが、ベルリンフィルでの定期では一度も演奏していません。
カイルベルトは、正規録音ではブルックナーを6番と9番しか録音していません。その9番もオケはハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団で、やはり6番のほうにより魅力を感じます。手元に1987年版のレコード芸術編の「クラシックレコード総目録」がありますが、全集録音は別にして、単独のレコードではこのカイルベルトの他はカラヤン、サヴァリッシュ、それにレーグナーがあるだけです。この曲も、こんな演奏ならもっと好かれていいはずなのに、と思われて仕方がありません。
さて、カイルベルトは、日本公演から3ヶ月後の1968年7月20日、新しく再建されたミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で、『トリスタンとイゾルデ』を指揮している途中、第2幕のクライマックスでオーケストラボックスへ急性心不全で倒れ、そのまま亡くなりました。カラヤンと同年の生まれですから誠に早い退場でした。
もし、長生きしていたら素晴らしいブルックナーが聴けただろうにと悔やまれます。