ベートーヴェンの「イエナ交響曲」
ベートーヴェン
1.ウェリントンの勝利Op.91
2.騎士のバレエ Woo.1
3.イエナ交響曲
指揮/フーベルト・ライヒェルト
演奏/ウェストファリアン交響楽団
Turnabout TVS34409
日本コロムビアの初期のダイヤモンド1000シリーズに「ベートーヴェン序曲集」(MS−1027)というものがありました。これはヨーゼフ・クリップスのベートーヴェン交響曲全集ののおまけみたいな形で発売されたものですが、この序曲集に「ウェリントンの勝利」が含まれていました。これは珍しいと、調子こいて買ったは良かったのですがこれが飛んだ曲者でした。この曲だけ、ヤンセン指揮ロスアンジェルス交響楽団という演奏になっていましたが、聴いてすぐわかる擬似ステ録音で音はモコモコしてひどいし、曲もさっぱり理解できなかったので失望してすぐに処分してしまいました。で、その後輸入盤バーゲンで見つけたのがこのアルバムでした。
こんな曲がベートーヴェンにあったのかという選曲の一枚で、ゲテモノ好きだったのですぐ飛びついて購入しました。まあ、今ではこんな録音があったなんてすっかり忘れられていますがなかなかの掘り出し物でした。ただ、この「イエナ交響曲」はちょいと曲者で、このアルバムではベートーヴェンの作品ということになっていますが、1960年頃に偽作ということが分かり、そのためにこのアルバムごと葬り去られてしまいました。
この交響曲「イエナ」は、1909年にイエナ大学でパート譜が発見されて以降、1957年まではベートーヴェンの作品だと認識されていた交響曲なのです。1909年にパート譜が見つかった際は、数カ所に「ベートーヴェン」という文字があったそうだ。チェロの楽譜にはそのまんま“‘Symphonie von Bethoven”と書いてあり、曲はハイドン風でもあるのですがベートーヴェンの作風にも似た雰囲気であり、しかも「ベートーヴェンはハイドンの交響曲第97番をモデルにしてハ長調の交響曲を書こうとしたことがある」という伝記とも一致していました。そこからこの曲はベートーヴェンの初期の交響曲だという勘違いが始まりました。1911年にはブライトコプフからベートーヴェンのイエナ交響曲として出版されたという経緯があります。まあ、そんなこともあり、当時はコンヴィチュニーがドレスデン・シュターツカペレと、ワルター・ゲールがウィンタートゥール交響楽団と録音を残しています。そのコンヴィチュニーの録音は下記で聴くことができます。
ところがです。ハイドンの専門家として名高いアメリカの音楽学者ロビンス・ランドンは、オーストリアのゲットヴァイク修道院でこの曲のパート譜を発見し、そこにヴィットの名が書かれており、多くの学者たちもヴィット作品だと疑うようになります。そして、ドイツのルドルシュタットでもヴィットと明記された楽譜が見つかり、現在ではヴィットのものとして認識されているというのがことの顛末です。
このフリードリヒ・ヴィット(1770-1836)はドイツのニーダーシュテッテンで生まれたチェロ奏者、作曲家であす。1770年生まれということではベートーヴェンと同い年でもあります。
聴けばわかりますが、確かにハイドンのような品格がありますが、ハイドンほど洗練された感じもありません。しかし、ホーボーケン番号現せるような初期の少しゴツゴツとした直截的な力点の存在が、ベートーヴェンのような力強さを思わせます。もちろんベートーヴェンよりもハイドン寄りなのは確かなんですが、ハイドンほど古風でもないというか、「ハイドンに似せてもう少し後の時代の人が書いた」と思わせるようなフレーズになっています。同じ時代とはいえ、ハイドンとヴィットは(もちろんベートーヴェンも)40歳くらい差があります。第1楽章は序奏のついた形式ですし、2楽章の三連符で流れる弦楽や、トゥッティのときの瞬発力など、ハイドンではなくベートーヴェンに近いものが感じられます。3楽章のメヌエットもそういえるでしょう。ハイドンやモーツァルトのように滑らかなラインを描くというより、ベートーヴェンにように道を切り開きながら進むような推進力も感じさせます。かっといって、4楽章ではベートーヴェンなら絶対にやらないだろうなと思われるフレーズの処理なんかも聴けて面白い作品といえます。まあ、ほとんど忘れられた作曲家ですが、ベートーヴェンと同時代に活躍していて、間違えられたということで今に残っているという点では幸運だったのかもしれません。
そのほかでは.「騎士のバレエ Woo.1」という珍しい作品も収録されています。ホーボーケンの1番がバレエ音楽とは調べるまで知りませんでした。全部で8局からなる作品なんですが、なんとカラヤンがこの曲を録音していたんですなぁ。このレコードはCD化もされていませんし忘れ去られていますからちょっとカラヤンで聴いてみましょうか。