近衛秀麿の「新世界」
曲目/
ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調OP.95「新世界から」
I. Adagio - Allegro molto 9:37
II. Largo 12:08
III. Molto vivace 8:28
IV. Allegro con fuoco 12:07
スラヴ舞曲第10番 ホ短調 作品72-2
スメタナ/連作交響詩『我が祖国』から『モルダウ』
指揮/近衛秀麿
演奏/読売日本交響楽団
録音/1968年6月3-4日、世田谷区民会館
研秀出版 SK314
さて今回は近衛秀麿の「新世界」をとりあげます。こちらも研秀出版 から発売されたものです。こういう前章は第1巻から順番に配本されるわけではなく、これは14巻目なのですが、配本は3回目にされています。この曲も近衛秀麿にとっては因縁のある曲で、日本人指揮者として近衛秀麿は唯一NBC交響楽団を指揮しています。1937年2月16日、ニューヨークのNBC、8Hスタジオにおいて、オーケストラ音楽の日米同時生放送という画期的な演奏会が行われています。曲目はドヴォルザーク作曲の交響曲第9番「新世界」。オーケストラは“トスカニーニのオーケストラ"としてクラシック音楽ファンに知られるNBC交響楽団でした。この指揮台に立ったのは前年1936年に日本の外務省より音楽特使として叙任された近衞秀麿(1898~1973)なのです。言うまでもなく、戦中に三度に渡って首相を務めた近衞文麿の実弟であり、日本でオーケストラを初めて作り、生涯に渡ってオーケストラ音楽の紹介に努めた大指揮者でもあります。
この演奏会は大成功に終わり、そして近衞には全米各地の名門オーケストラに客演するツアーが約束されたのです。しかし時は第2次世界大戦前夜、7月の日中戦争の勃発を引き金にした日米関係の悪化が近衞の指揮者としての運命を翻弄します。そして遂には全てが見果てぬ夢となってしまったです。たらねばですが、日本が戦争に邁進していなければ近衛秀麿はNBC交響楽団の指揮者人のひとりとして名を連ねていたことになります。
史実的には 『新世界』の演奏の二日前にも近衞はラジオ番組にも出演し、自ら編曲したヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』組曲を指揮し放送しています。そして、これらの音源がアメリカ議会図書館で良好な音質で残されていました。これらの音源は2021年に書籍の付録としてCD化されています。
そういう訳ありの曲です。NBC響との録音のタイミングは[9:20][12:03][8:06][11:42]ということで、この読み京都ほほ一緒です。わずかに第4楽章が遅いタイミングにはなっていますが基本解釈は変わらないと言っていいでしょう。
『新世界より』は、極めて芳醇な響きを作り出しています。第1楽章の冒頭はゆっくりとしたテンポで開始されホルンの響きは本来の長さで演奏されています。かなり楽譜を読み込んでいることがわかります。そして、全奏の時時には唸り声をあげています。録音場所の世田谷区民会館は、「運命」などを録音した杉並公会堂に比べて残響が豊かであることも手伝っていると思いますが、左右の広がりも充分で、ティンパニは左から、木管楽器は中央やや右で定位しています。まあ、やや気になるのは元の薄さでしょうか。どうしても痩せて聞こえてしまいます。
第2楽章の弦の響きは大変にせつなく美しく、随所にみられる小節の利かせ方は「家路」という日本語歌詞の童謡を聴いて育った世代としてはツボにはまります。ただ、場所によってはオーボエなどの響きがふらつくところがあり残念です。どっしりとした第3楽章はかなりテンポを揺らし。音楽に緩急をつけています。最後のフィナーレでは、序奏から第一主題に入る直前にテンポをぐっと落として大見得を切っており、ちよっと時代がかった表現が鼻を着きますが、こういうところはやや古さを感じます。ただ、今の指揮者でこういう表現をとる人はいないでしょうなぁ。そういう意味では近衛秀麿が親方と呼ばれていたことが納得できます。演奏は次第に白熱してきて、コーダで再び見得を切ってから壮大なスケールで締めくくる様は、この時代の欧米の数多ある名演奏に一歩もひけを取らないと思います。ベートーヴェンはたった1日で録音を終えていましたがこちらは2日かけてじっくり収録さた成果が出ている録音になっています。
フ ィルアップされた二曲もやっつけ仕事には終わって居らず、スラヴ舞曲の颯爽としたテンポの中でのわずかな揺らめき、『モルダウ』中間部での息切れしないフレーズの受け渡しもため息が出る素晴らしさです。これほどハープの旋律がくっきりと浮かび上がっている演奏も珍しいです。