五十四万石の嘘 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

五十四万石の嘘

 

著者:松本清張

出版:埼玉福祉会

 

 

 武士道という不条理な封建制度の掟から逸脱した者たちの運命をたどり、平穏な人生に用意された無気味な陥穽に焦点をあてた、清張文学初期の傑作集、全八篇。---デーダース---

 

 今回初めて大活字本というものを手に取りました。人生70を超えると夜年並みには勝てず本の活字を追うことが難儀になります。底本は中公文庫ということで下記のものになります。

 

 

 文庫版は293ページですが。大活字本は393ページあり、その活字の大きさから読みやすいこと!!!実にストレスかく読むことができました。松本清張初期の作品集で昭和28年に九州が上京した頃に書かれた作品集です。小生はまだ生まれていませんな。一般には推理小説家と目される成長しですが、この頃はこういう時代小説を書いていたんですなぁ。昭和34年の初出時は「刃傷」という短編集として東都書房から発売されたようです。興味深いのは中公文庫として再発売された折には、松本清張氏自らが「あとがき」ならぬ「うしろがき」を認めていることで、自らの本を解説しているという体裁が取られていることです。そのため、作品の成立の背景が手に取るように分かる仕掛けになっています。武士道という不条理な封建制度の掟から逸脱した者達の運命を辿り、平穏な人生に用意された無気味な陥穽に焦点をあてた初期の傑作集です。この本の章立てです。

 

目次

二すじの道

五十四万石の嘘

白梅の香

酒井の刃傷

武士くずれ

くるま宿

 

二すじの道

 越後六十万石の松平忠輝が慶長11年大坂との戦に赴く途中、追い抜こうとした二騎にカチンときて斬ってしまえと言を荒げ、よってたかって二騎を斬ったこの事件が、後日家康の耳に入り下手人を出すよう言われます。ところが犯人は逃げてしまい、身替わりで3人を捕縛し江戸に送ることになります。このとき3人を縄打たせる事にしたのですが、3人のうち一人が堀口が異義を唱え、出奔してしまいます。この事件も一因して松平忠輝は失脚し流配されます。まあ、読んでいると不条理な武士道が産んだ喜劇のようなストーリーです。登場人物は清張氏の創作のようですが、歴史に則った史実を題材にしています。

 

五十四万石の嘘

 この話の加藤清正の孫光正も残念な人であったようです。江戸詰にされていた光正が、バカ正直な茶坊主の玄斎に対し幕府に攻めいるという嘘をつくという痰を発します。玄斎は気が小さいので母親に相談し諭される場面が描かれ玄斎は光政の元をさります。ただ、謀反の話は幕府の知るところとなり、熊本加藤家はお取りつぶしに会います。浅はかな孫の流言が引き起こした加藤家取り潰しの顛末です。

 

 歴史にそれほど詳しくない小生でも清張の時代小説を面白く読めるのは、登場人物が押し付けがましい偉人ではなく残念な人ばかりだからではないでしょうか。この「疵」にしても「白梅の香」、「蓆」にしても、時代に翻弄された武士の置かれたそれぞれの立場が、主君の意に沿わないための残念な人生になっています。「疵」の高槻藤三郎は福岡藩を蓄電し海賊になり復讐を果たします。また、「白梅の香」の白石平馬は行きずりの一夜の出来事のために役替えとなり、急遽国元に帰されることになります。また「蓆」の富高与一郎は自身が招いた夜鷹との行為で梅毒を移され、国元に帰されることに悶々としていた時にお茶壺の行列と出くわします。その茶坊主が無体にも道に蓆を広げ、金品を要望するのです。これに、自暴自棄になっていた与一郎はこの広げられた蓆を踏み躙ります。茶壷を包む蓆を足蹴にされたことで与一郎は囚われの身となり江戸に引っ立てられます。お茶壺道中の悪弊を兼ねてから招致の幕府はこれを期に道中の簡素化に乗り出します。肝心の与一郎はお構いなしとなりますが、国に帰らず江戸に舞い戻ります。彼の病気は誰も知りません。

 

酒井の刃傷

 元のタイトルに一番ふさわしいのはこの作品ではないでしょうか。寛延2年というと1749年のことですが、老中酒井忠恭はその職を辞し、溜りの間詰となり領地替えで上州厩橋(前橋)から播州姫路に移ります。この小説ではこの国替えが成功したように書かれていますが、史実は違うようで、この頃の姫路は旱魃や台風の影響で一揆も頻発し財政は以前より悪化していたといいます。また、家老の川合定恒は一人悪役のように描かれていますが、実情は台風の折は城を解放し避難民を姫路城に収容し、米蔵から備蓄米を被災者に分け与えたといいます。ここでは藩主べったりの本多、犬塚らの腹心を殺害したことを描いています。この題材大仏次郎氏の「夕凪」という作品も同じ題材を扱っているようで今度読んでみたいと思います。

 

武士くずれ

 将棋好きが引き起こした刃傷事件の煽りで藩を脱藩することになり、流れてやくざの用心棒に成り下がりますが、落ちぶれても武士の端くれ、お互いを見知っていたことで尻を捲って逃げ出します。

 

くるま宿

 この話は明治時代の人力車全盛時代の様子を描いています。明治9年時点で人力車は13,761輌あったそうです。もちろん大半は東京氏ュゥ編だったようですけどね。「人力、相模屋」に40代の男が一人雇われます。今でもそうですが、この商売20代の若者が主体です。一人浮いていますが寡黙で真面目です。車屋の隣には料亭の「竹卯」がありますが、ある日賊が侵入します。俗から隙を見て逃れてきた女中から助けを求められますが、相手が士族で刀を持っていることで車夫たちは腰が弾けます。そんな時、40代の吉兵衛が一人立ち向かいます。相手は五人です。単身踏み込んだ吉兵衛は、奪った日本刀で全員を峰打ちにしていました。それを機に、転職の誘いがあっても断ります。ところが、ある出来事から吉兵衛が実は元直参大目付の山脇伯耆守だったとわかります。しかし、それは娘とともに立ち去った後でした。この小説が発表されたのは昭和26年、松本清張氏はまだ小倉で働いていました。身を隠して市井に生きる男を、静かに見つめる作者の思いは、小倉にいる自分もいつかこのようなことが、との願望が形になったように思われます。