ミュンシュ
1954年の「幻想交響曲」
曲目/ベルリオーズ
幻想交響曲 作品14
- 第1楽章:夢、情熱 13:19
- 第2楽章:舞踏会 06:12
- 第3楽章:野の風景 13:53
- 第4楽章:断頭台への行進 04:30
- 第5楽章:ワルプルギスの夜の夢 08:44
ミュンシュにとってベルリオーズの幻想交響曲は十八番中の十八番であり、繰り返し録音も行われていて,セッション録音では1940年代後半のフランス国営放送管との仏コロンビアへのSP録音,ボストン響との米RCAへの録音が1954年と1962年の2回、1966年にハンガリー放送響との放送録音、1967年にパリ管との仏EMIへの録音と全部で5種類もあます。これに加えて、最近ではライブ録音が数々発掘されていて、1963年のフランス国立管とのリスボンでのライヴ録音を筆頭に1967年のバリ管とのライブ、さらには1966年のシカゴ響とのライブもあります。この他に映像としては、1962年の日本フィル、同じく1962年ボストン響、1963年のカナダCBC響などがあります。まるでフルトヴェングラーのベートーヴェンの様な様相を呈しているといっても良いでしょう。
その中でこの録音は1956年のアメリカのオーケストラとしては初のソ連訪問を含んだ第2回のヨーロッパツァーを行なっています。録音年月日を見てもまだステレオ録音がテスト段階の時の録音です。で、このレコードの録音はこの幻想の世界初のステレオ録音となったものです。1954年ですからね。それも後々にはステレオ・リヴィングシリーズは3チャンネル録音が完成形らしいですが、これはその前のテスト録音的な部分があってオーソドックスな2チャンネル録音となっています。それでこれだけの音を収録しているのですから驚きです。デッカでさえ成し得なかった時期のステレオ録音ですからね。当時のトップを走っていたRCAなればこその技術でしょう。さすが親会社がエレクトロニックメーカーであればこそでしょう。ただ、この録音当時レコードでは発売されていません。レコード時代にはこの1954年の演奏はほとんど忘れ去られていました。いまでこそ「Living Stereo」で注目されていますが、実際には「Living Stereo」では発売されず、この録音はステレオでは2トラ38cm/sのオープンリール・テープで発売された事があるだけなので、ほとんどの人が耳にした事は無かったのです。小生もこの演奏に初めて接したのは1987年に当時のRVCから「BEST CHOICE CLASSIC1200」というシリーズで発売されたのが最初です。この演奏はデジタル・リマスターされた音源を使用していましたが正直いってあまり感動しないものでした。要はADDならぬADAですからね。
この時はすでにRCAはベルステマンに買収されていました。それもあってトチ狂ったようにRCAの録音の中から30枚を一気に1,200円で発売したのです。そして、海外ではミッドプライスのシリーズとして展開していた「GOLD SEAL」というカテゴリーで販売したのです。日本での発売はRVC株式会社でしたが、レコードに刻まれた℗マークはRCA ARIORA Internationalになっています。
ミュンシュの幻想はどれを聴いてもはずれという事はありませんが、1980年代前半まではミュンシュ/パリ管の演奏が常にベストテンのトップを占めていました。手元にレコ芸の名曲名盤ランキングの1983年版がありますが、その中でミュンシュの演奏は1位がこのバリ管、2位がブーレーズ/ロンドン響、そして3位がミュンシュ/ボストン響(1962)となっていて以下にミュンシュの評価が高いかが伺い知れます。そう、ミュンシュは1962年にもボストン響と録音していて、そちらの方が一般には知られていたんですね。そして、下の映像はその1962年のボストン響とのものです。この演奏を視聴していて気がついたのですが、メインのティンパニを叩いているのは初期のサイトウキネンにも登場していた若き日のエヴァレット・ファース氏ですね。
音としてはあまり期待出来ませんが、この気迫に満ちたエネルギッシュなミュンシュの指揮姿には見とれてしまいます。そして、ここにはいかにも即興で音楽をコントロールしているニュアンスが伝わって来て、オーケストラの楽員が必至についていっているのが分かります。まさに、一期一会の演奏でミュンシュがライブの人だという事を認識させてくれます。ところでこの演奏、第5楽章にちょいと違和感を覚えました。それは鐘が鳴ってテューバが「怒りの日」の主題を奏する部分ですが、どうも普通のテューバではない響きがします。上の映像でその部分を確認すると一人はテューバですが、もう一人はワグナー・テューバを吹いています。形が違うのですぐに区別がつきます。しかし、この1954年の演奏はどうもそれとは違う様な気がしてなりません。元々ベルリオーズの指定は「オフィクレイド」という楽器の指定になっています。この楽器は音域が高いので、この1954年の演奏ではどうもそれが使われているのではないかという気がします。それについての記述はネットでも見つかりませんのでこれはあくまでも推測です。ただ、この部分だけ聴くとやけにへたっぴいな演奏をしているのでどうも慣れない楽器を演奏しているとしか思われません。
そういう違和感はありますが全体としてはすばらしい演奏です。チューブラーベルでごまかす演奏も多い鐘もちゃんとしたものを使っていますし、鐘の響きも変に残響が無くでびしっと締まっています。上の映像との違いはコーダのラストの部分でしょうか。セッションではたたみかける様なテンポでコーダもあっさりと切り上げています。ところが上のコンサートでは以後の音をずーっと引っ張っています。まさにライブという感じです。でも、繰り返し聴く分にはオーソドックス(?)なセッションの演奏の方が良いのかな。