ロストロポーヴィチとリヒテルのチェロ・ソナタ | geezenstacの森

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ロストロポーヴィチとリヒテル

ベートーヴェン/チェロ・ソナタ第3番−5番

 

曲目/ベートーヴェン

チェロ・ソナタ第3番 In A, Op. 69 

1. Allegro Ma Non Tanto    12:01

2. Scherzo: Allegro Molto    5:33

3. Adagio Cantibile, Allegro Vivace    8:38

チェロ・ソナタ第4番 In C, Op. 102/1 *

1. Andante, Allegro Vivace    7:40

2. Adagio, Allegro Vivace    6:56

チェロ・ソナタ第5番 In D, Op. 102/2 **

1. Allegro Con Brio    6:23

2. Adagio Con Molto Sentimento D'Affeto    7:30

3. Allegro Fugato    4:00

 

チェロ/ムスティフラフ・ロストロポーウセィチ

ピアノ/スヴァトスラフ・リヒテル

録音/1961/07

  1963/03/25.26*  ロンドン

  1962/06/04-08**  オーストリア

 

フィリップス 17CDー81

 

 

 日本でもCDがかなり普及しだし、廉価版が発売され出した頃に登場したフィリップスのグロリアシリーズで登場した一枚です。多分廉価盤として初めて投入された音源ではないでしょうか。オリジナルの録音は1961-63年にかけてですが、長年ベストレコードのトップを飾っています。このCDは1989年に発売されています。廉価版では奇抜なデザインを採用してきたフィリップスはここでも、プラケースを採用せず、三つ折りの紙ジャケットという斬新なパッケージで市場に打って出ました。上のCDはジャケットの背が火に焼けてやや変色していますが、帯が特殊でレコード時代のように襷掛けになっています。ということで、襷があることが前提のジャケットデザインです。さすがにちょっと安っぽかったレコード時代の縦書きの文字はやめていますが、小さく横文字の日本語でキャッチコピーを刷り込んでいます。フィリップスはこのシリーズに力を入れていて、シリーズトップにはミケルッチ版のイ・ムジチの「四季」を投入していますし、小澤征爾のベートーヴェンの第九もこのシリーズに組み込まれていました。ただ、他社が追従しなかったのでシリーズの120枚でこのデザインは終わってしまいます。海外ではVOXが紙ジャケットで出していてプラスチックみたいに嵩張らなくてよかったんですけどねぇ。

 

 小生も本格的にCDを集め出した頃で、最初はレコードで苦労していた器楽ものの室内楽を中心に集めていました。その中で網に引っかかった一枚です。何しろレコ芸の名曲名盤300シリーズでは1983、1987、そして1993年版のどれをとっても1位はこのロストロポーヴィチ、リヒテル盤でしたからねぇ。こういう録音こそ、真のレコード芸術と言えるのではないでしょうか。この録音は全集として1963年のレコードアカデミー賞を受賞しています。録音当時、ロストロポーヴィチは30代半ば、リヒテルも40代半ばのいわば壮年時代の演奏ですが、こういう巨匠と言われる演奏家の真剣勝負的な火花を散らす演奏は今では稀有の産物でしょう。特にこれ以降、ロストロポーヴィチはソ連国籍を剥奪されていますから彼らの共演は無くなっています。そういう意味でも記念碑的な録音といってもいいでしょう。

 

 巨匠二人のベートーヴェンのチェロ・ソナタは、やはり圧巻です。面白いことに、モーツァルトはあれだけ器楽曲の名作を残していますが、ことチェロに関してはありません。ベートーヴェンは目立って男性的なチェロで名曲を残しています。その中でも第3番は、特に主題が魅力的で冒頭から美しい調べが登場します。チェロの奏でる渋くて硬めで演奏される主題は、力強いです。リヒテルのピアノも最初は、寄り添うように鳴りますがすぐにチェロと対等に鳴り響きます。しかしながら阿吽の呼吸でチェロを邪魔せず出たり入ったりして立体的に動き回ります。主役のチェロは不動で主役のスタンスを守ります。この辺りの攻守の入れ替わりはさすが巨匠同士の巧みなぶつかり合いでベートーヴェンの中期の傑作の森を代表する曲の本質を描き出しています。それにしてもフィリップスの録音は奥行きがあって心地よい響きです。これが60年前の録音とはとても信じられません。

 

 

 ベートーベンのチェロソナタはベートーベンの初期に2つ、中期に1つ、そして後期に2つという具合に、その全生涯にわたって実にバランスよく作曲されたために、1番から順番に5番まで聞き通すと、ベートーベンという偉大な音楽家の歩んだ道をミニチュアを見るように俯瞰できます。第4番と第5番はこの後期に属する作品です。

 

 第4番は形の上では2楽章ですが、第1楽章は第2楽章の序奏のようになっている不思議な構造です。第4番の自筆譜には「ピアノとチェロのための自由なソナタ」と記されており、一部では「幻想ソナタ」と呼ばれているようです。ベートーヴェンの中期を代表する第3番の華麗さとは反対に、内省的な深みが加わり、瞑想性と幻想性などが、第3番とは異なった美の世界を作り上げています。ロストロポーヴィチのチェロは自由に幻想の世界を飛び回り、リヒテルのピアノはそれを下支えするような響きで曲を包み込んでいます。

 

 

 作品的には同じ作品番号を持つ5番は第4番と一対になっているような曲です。形式的には3楽章ですが、第2楽章と第3楽章は切れ目なく演奏されることからこちらも自由な形式が取り入れられ、ロマン派への橋渡し的作品になっているような気がします。まあ、献呈者がチェの名手ということもあるのでしょうが、当時の貴族がサロンで演奏できる技巧の中でベートーヴェンらしさを盛り込んでいるとも言えます。

 

 

 

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