私のヴァイオリンー前橋汀子回想録 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

私のヴァイオリン

前橋汀子回想録

 

著者:前橋汀子

出版:早川書房

 

 

 世界的ヴァイオリニスト前橋汀子が、いままで語られなかったその人生の歩みを振り返る。冷戦下のソ連への留学、ニューヨークでの修行時代、スイスで師シゲティと過ごした日々……。---データベース---

 

  前橋汀子さんはクラシックに興味を持ち最初にコンサートで実演を聴いた女性ヴァイオリニストでした。この回想録はデビュー55周年を記念して発売されたもので、本来データベースにはこの年の秋から始まるツァーのことが書かれていましたがその部分はカットしました。それにしても、こんなエッセイ本が早川書房から発売されているのもミステリーといえばミステリーです。本来なら白水社とか音楽之友社とか少なからず音楽と接点のある会社なら理解できますが、手に取った時まずは発行元に驚いたものです。まあ、それも含めて、彼女の人脈の広さに驚かされます。登場する著名人の数が半端なく、巨匠という言葉がふさわしい数多の音楽家に加え、大平正芳元首相や市川房枝、伊丹十三など、音楽家ではない人とのエピソードも興味深いものがあります。

 

 エッセイは1961年、17歳の著者はレニングラード音楽院への留学のため横浜港を出港いするところから始まります。この年、ソ連は初めて、海外からの音楽留学生を受け入れています。ソ連も時代はフルシチョフ時代になり少しず資本主義社会に門戸を開くようになっていました。横浜からウラジオストックに入り、そこからシベリア大陸を横断してレニングラードに着いたのは一週間後でした。当時のレニングラードには領事館もなく、日本人は一人も住んでいなかったという。このとし、レニングラードの音楽院に留学したのは潮田益子さんと前橋さんの二人でした。このあたりの関係性についてはあまり触れられていませんが、二人とも桐朋学園の出身で、ともに3年間レニングラード音楽院で学んでいます。この二人のレニングラード行きはバックに小野アンナ、斎藤秀雄に師事していたという共通点があります。ある意味、桐朋学園の黄金時代を支えた逸材とも言えます。

 

 前橋汀子三は桐朋学園の8期生、この頃のメンバーは1期生の小澤征爾をはじめ、飯守泰次郎、秋山和慶、チェロの堤剛、原田楨夫、安田謙一郎、ピアノの中村紘子、ヴィオラの今井信子、ヴァイオリンの徳永二男氏など錚々たるメンバーが巣立っています。

 さて、本の中では音楽院の寮には風呂やシャワーもなく、台所で湯をわかして体を拭くような生活を強いられていました。しかし恩師や友人にも恵まれ、当初一年の予定だった留学生活を延長し結局三年となります。まあ、日本人が珍しかったということもあるのでしょうが、そのソ連生活において、ロシア人は心温かい人ばかりでいじめられたり差別されたりしたことは一度もなかったと記しています。

 前橋さんは、その後米国ジュリアード音楽院への留学を経て、スイスで巨匠シゲティに師事し、世界的に活躍することになるのですが、本書全体を通じて、桐朋学園時代の齋藤秀雄や小澤征爾、留学後にはオイストラフやロストロポーヴィチ、シゲティ、ミルシテイン、ストコフスキー、メータなど、正に綺羅星のような音楽家の知遇を得、あるいは師事し、あるいは共演しながら成長していく姿がいきいきと語られています。その辺りは豊富に挿入されている写真で確認することができますが、著者の人間性、そしてなんと言ってもヴァイオリンへの情熱とたゆまぬ努力が、そのような出会いを引き寄せたのではないかと感じます。ヴァイオリニストにとって楽器との出会いも重要な部分ですが、彼女の手元には今ガルネリウス・デル・ジェスがあります。これは1736年製のもので、100年間貴族の館で眠っていたものです。そんな銘器と出会い今も各地でコンサート活動を繰り広げているのは嬉しいものです。

 

最近のコンサートの様子です。