ジェームズ・ゴールウェイのモーツァルト | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

ジェームズ・ゴールウェイ

のモーツァルト

 

曲目/モーツァルト

(1)フルート協奏曲第1番ト長調K.313 8:41,11:07,7:23

(2)フルート協奏曲第2番ニ長調K.314   8:26,6:35,5:34

(3)アンダンテ ハ長調K.315    6:34

 

フルート/ジェイムズ・ゴールウェイ

指揮/ルドルフ・バウムガルトナー

演奏/ルツェルン弦楽合奏団

 

録音:1974/09/26-29    ルツェルン近郊、セオン

P:オスカー・ワルディツク

E:ホルスト・リンドナー

 

キング K15C−9008(原盤オイロディスク)

 

 

 このレコードは1980年にキングレコードから発売されたものです。発売年代から言ってこれが初出とは思えませんが、この時はミッドプライスで発売されています。調べるとこのアルバム、1976年度仏ADFディスク大賞、ウィーンの笛時計賞 受賞しています。ジェイムズ・ゴールウェイ(1939-)がロンドン交響楽団等の首席奏者を経て、ベルリン・フィルの首席フルート奏者に就任したのは1969年でした。在籍は1975年までと短い期間ではありましたが、在任期間中にはカラヤンの指揮で1971年には旧EMIレーベルにモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」を収録(尚、フルート協奏曲第1番はブラウが録音)、さらにDGレーベルにはベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブルの一員として1970年に「ダンツィ、シュターミッツ、ライヒャ」の木管アンサンブルの作品を録音しています。ソリストとしてクレジットがある録音はこの時期は僅かのため、この1974年録音のバウムガルトナーとのモーツァルトの協奏曲は重要な音源です。

 

 ベルリン・フィルでは一部、カラヤンとの不仲も伝わるなかにあって、この録音では本来のゴールウェイの華麗なまでのテクニックと、明るく華やかな音色が作品の魅力を更に高めていると言って良いでしょう。特に豊かな低域から繊細でブリリアントな高域まで、技巧的にも注目のアルバムです。尚、ゴールウェイにはこれらの曲の録音が複数存在しており、どの盤も素晴らしい出来栄えですが、オイロディスクによる名録音であることと、アルバム全体に漂う独特な音色含め、この盤の魅力は今後も色褪せないでしょう。ただ、不思議なことにこのアルバム、ワールドワイド的にはRCAレーベルで発売されており、なおかつこれ以降は国内では日本コロムビアからの発売となるなど不思議がいっぱいのレコードでもあります。

 

 ゴールウェイは「カラヤンの慰留を振り切って」ベルリン・フィルを退団し、一本立ちして世界一のフルーティストになりました。というのが、ゴールウェイとカラ、それは「真実」とは微妙に異なっていることが、彼の自伝を読めば明らかになります。もっとも、自伝の記述が本当なのかということまでは、誰にも分かりませんけどね。確かに、ゴールウェイは、1974年ごろに、後に彼のエージェントとなる人物と会って、ソリストになる決心を固め、それをカラヤンに告げています。しかし、その時のカラヤンの返事は、

「ほんとうにやる価値があると感じるものがあれば、オーケストラを去ればいい。何かをやらなければなれないと思ったなら、やりなさい。わたしも若者だったときにすべきことをしなかったために、のちに後悔したことがある。君に同じ思いはさせたくない」(新自伝153ページ)

という、なんとも寛容なものでした。カラヤンにしてみれば、ベルリン・フィルの首席奏者というステイタスを手中にした者が辞めるわけはないと、高をくくっていたのでしょうかねぇ。
 

 ところが、ゴールウェイが正式に退団届を提出し、それが本気だと知るや否や、カラヤンはありとあらゆる嫌がらせを仕掛けてきます。団員にとってはボーナスが入る美味しい仕事のザルツブルク音楽祭への参加は認めませんし、そもそも、彼が指揮する時以外にしか、ゴールウェイが演奏することを許しませんでした。これは「慰留」などという生易しいものではなく、れっきとした「パワー・ハラスメント」ですね。カラヤンは、自分と、自分のオーケストラに刃向うものは決して許さず、その鬱憤を晴らすために、そのような行動に出たのでしょうなぁ。


 そんな中途半端な時期、1974年9月に、将来に向けての「就活」の意味で取り組んだのが、この、EURODISCというドイツのレーベルのために行われた、ルツェルンでのモーツァルトのフルート協奏曲の録音セッションです。ソロとして活躍を始めた最初期のアルバムということでも貴重です。


 そして、ゴールウェイは1975年5月から、ベルリン・フィルに在籍のままRCAのアーティストとしての録音活動を開始します。そこで2枚のアルバムを作ったのち、このモーツァルトのアルバムも、EURODISCからのライセンスによってRCAでの3枚目のアルバムとして1977年3月にリリースされました。その時のジャケットがこれです。

 

 

 しかし、不思議なこともあり、カラヤンはゴールウェイの音を愛し、BPOとの2度目の交響曲全集の「田園」録音の際に、ゴールウェイをわざわざ呼び寄せて、つまりゴールウェイのスケジュールに合わせて、僅か1日で「田園」を録ってしまったというエピソードが残っています。第2楽章最後のフルートがゴールウェイだったのかと思いながら聴くと興味深いものがあります。

 

 さて、この録音は1974年ということは、ゴールウェイがまだBPOの首席であった当時ということになります。第1楽章から、素晴らしい管弦楽の音。深々として、艶やかな弦のトゥッティが、包み込むように聴き手に迫る。ルツェルン祝祭管弦楽団は、毎年夏の音楽祭のためのアンサンブルのはずですが、その巧いこと。そして、録音もアナログら完成期のものとあって実に豊かで濃密な音で、特に低音がしていて心地いい響きです。そして、ゴールウェイのフルートが登場します。これがまた美しい響きです。爽やかに鳴り渡る高音。美音の固まりから、キラキラと輝く一音一音が飛び散ってゆくように聴こえます。低音になると、強くクッキリとしていて太いのですが、弾力性のあるしなやかさも感じられます。技巧も完璧で、天衣無縫、自由闊達、悪く言えば「好き放題」な演奏ともいえますが、これがモーツァルトの音楽には合っています。バックのバウムガルトナー/ルツェルン祝祭管弦楽団が、カッチリとして格調高い、優美で正統的な伴奏を繰り広げているので、その違和感が反対に面白く感じます。カデンツァワクワクするほど自由で爽快です。

 第2楽章はアダージョ・ノン・トロッポ。テンポは、ゆったりとして、管弦楽の優しく美しい響きに酔うのも良し、フルートの美音の饗宴に満腹になるのも良い。ゴールウェイもルツェルン祝祭管弦楽団も好調だ。
11分かかる、この協奏曲で一番長い楽章なのだが、長さを感じない充実した演奏。さすがにモーツァルトの緩徐楽章、味わい深くいつまでも飽きない。

 終楽章はロンド。テンポも速くなりますが、ゴールウェイのソロはますます好調、自由で伸びやか、明るく微笑んでいるような演奏になっています。こんなに幸福で良いのか、こんなに楽しくていいのかと思ってしまうほど、屈託なく華やかな演奏となっています。