ケンぺ/ミュンヘンフィル
ベートーベン交響曲第1番、「英雄」
曲目/ベートーヴェン
交響曲第1番ハ長調作品21
1.第1楽章 Adagio Molto - Allegro Con Brio 9:20
2.第2楽章 Andante Cantabile Con Moto 7:01
3.第3楽章 Menuetto (Allegro Molto E Vivace) 3:39
4.第4楽章 Adagio - Allegro Molto E Vivace 6:16
交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
5.第1楽章 Eroica" Allegro Con Brio 15:29
6.第2楽章 Eroica" Marcia Fundre (Adagio Assai) 16:08
7.第3楽章 "Erocia" Scherzo (Allegro Vivace) 5:48
8.第4楽章 "Eroica" Finale (Allegro Molto) 12:15
指揮/ルドルフ・ケンぺ
演奏/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1972/06/23-26 ビュルガーブロイケラー ミュンヘン
P:デヴィド・モットレイ
E:ウルフガング・ギューリッヒ
東芝EMI TOEC-7011
セラフィム・スーパーベストというシリーズで1991年に発売売されたものです。欧米ではこの時期にはこのケンぺのベートーヴェンはCD化されませんでした。個人的にはケンぺは好きな指揮者でしたからレコード時代はR.シュトラウスの管弦楽作品集も所有していてもちろん「英雄」は旧譜のベルリンフィルとの演奏も所有しています。今回先のナクソスのCDを探すためにベートーヴェンのCDのラックを整理していて、このCDに行き当たりました。久しぶりに取り出してかけてみたらこれがなかなか良い音がするのです。そんなことで聴き入ってしまいました。
そりゃそうですわな、この録音当時は4ch録音で話題になったものです。まあ、CD化にあたっては2chにミックスダウンはされていますが空間の広がりがやはり違います。で、この録音が行われた場所を調べてみると、ビュルガーブロイケラーとあります。なかなか面白いホールで、ホール内は1,830人が収容できる規模でレストランとしてだけでなく集会場としても機能していて、第二次世界大戦終了までは食糧庫となり、戦後は占領軍であるアメリカ陸軍の食堂となっていたところです。1958年には再度大レストラン兼集会場として開業し、音響の良さからミュンヘンフィルの録音スタジオがわりに使用されたこともあるということで、この録音にも使用されたようです。ただ、1979年には新しいビルを建てるために解体されてしまったようです。
このCDには先に交響曲第1番が収録されています。これがまた良い演奏です。序奏の出だしはやわらかい入りで、この部分の弦楽セクションの音の良さに先ずびっくりしました。最近のピリオド楽器の演奏だと結構強いアタックで入る部分ですが、それがないということで余計弦の柔らかい響きが際立っています。この入りの部分だけでこの演奏に魅せられ、そう言えばこの録音はもともと4chだったなぁと思い出した次第です。
中庸のテンポで若かりしベートーヴェンの音楽が紡ぎ出されていきます。まあ、今となって一つ残念なのはこの当時の習慣として提示部のリピートが行われていないという点でしょうか。それさえ目を瞑れば今でも通用する素晴らしい演奏です。この時期は東独のシャルプラッテンとの共同企画でR.シュトラウスと並行して録音しています。まさに絶好調期の録音ということができます。
さて、ケンぺの「英雄」です。ミュンヘン・フィル盤ではテンポはかなり速くなっています。ただ、びっくりするのはこの曲のキモとも言える冒頭の2つの和音はアインザッツは揃っていますが、ややスラー気味の演奏で入ります。ベルリンフィルとの演奏も幾分その傾向はありますが、まだオーケストラがしっかりしているのでそこまで違和感はないのですが、このミュンヘンフィルとの演奏は確信犯的にこの2つの和音を演奏しています。その後の展開は全く職人芸に徹した揺るぎない演奏になっていますので余計冒頭の処理が気になってしまいます。ところが1975年のストックホルムフィルとの録音はまたベルリンフィルとの演奏の形で演奏しているのです。
ケンぺは晩年になるほどテンポが早くなるという特徴を持っていました。その他の基本解釈部分はあまり大きな違いはないように感じますが、細かく聴いていくとMPO盤では比較すれば鋭さが増しています。しかし、思わぬところでちょっと間をとったり、音色やテンポが細かく変わったりと「色遣い」は多種多様になっており、それでいて全体を聴き通してみると一貫性があり、まるで一つの塊のような音楽になっているという重層構造になっているのです。素朴とか地味、質実剛健、奇をてらわない、などと評されることが多いケンペのベートーヴェンですが、これだけ様々な「仕掛け」を行いながら、聴き手にそのように思わせてしまうというのは、ケンペの目論見だったのかどうかは別にしても、その実力の高さ故のことであろうと思うのです。ただ、ここでも従来のトランペットの改変は行われていて、いってみれは当時はこれが当時のスタンダードたとは言えます。あのカラヤンでさえ、最晩年までトランペットを高々と吹かせていましたからこれは演奏効果を狙った必然の改変でもあったわけです。
第二楽章でもBPO盤はゆったりとしており、MPO盤より1分半ほど演奏時間が長くなっています。全体としてゆったりとしたテンポで貫いていますが、管楽器群の息が続かないような不自然な遅さではありません。そしてよく聴くと曲想が変わるところでほんのわずかテンポを動かしているのが分かります。しかし、すぐ最初のテンポに戻してくるので、全体にインテンポのように聴こえているのです。
さて、MPO盤ではテンポが速くなっているのですが、一つ一つの音の取り扱いはさらに深くなっています。そして曲想が変わるところ、例えば17小節や56小節のアウフタクトからテンポは、ふっと目覚めたかのように速くなります。そしていつの間にか元のテンポに戻ってくるのです。その揺れては返す妙技は、いつ聴いても呆気にとられてしまいます。しかも、他の指揮者なら強調するようなスタッカートや、アクセントがつきやすいスフォルツァンドにはあえて鋭さを除いているのです。ケンペは、ベートーヴェンにおいてはスタッカートはあくまでも音符を切り離す以上のものではなく、スフォルツァンドは速やかにダイナミクスを変えるものであって、音の出だしを鋭くすることではないと考えていたようです。
第三楽章は、BPO盤とMPO盤ではさほど演奏時間の差はありません。BPO盤はベルリン・フィルの合奏力が魅了であり、トリオでのホルンの深くほの暗い響きを聴くだけでも価値のある演奏だと思います。一方、MPO盤は比較すれば、良く言うと凝縮、悪く言えばこぢんまりとした演奏になっています。BPO盤ではこの楽章の細部を描き出すように演奏させていましたが、MPO盤では勢いが増さり、たたみこむような動きが目立ちます。ならばMPO盤は雑なのかというと、そうではありません。各パートのバランスに乱れはなく、粗雑に取り扱った音は一つもないのです。
最終楽章でも両者は、アクセントは極力廃した演奏になっています。BPO盤は実に壮大なスケールであり、優美な弦楽器のやりとりが見事です。全体の構成もよく分離の良い録音も相まって、とても半世紀前の演奏とは思えない鮮度で迫ってきます。終結部では一気に熱くなって聴き手をつかんであっという間に聴かせてしまいます。変奏曲にケンペの特色が出るのではないかと思ったのはMPO盤の終楽章でした。まさに変幻自在、音と音の間の取り方を変えたり、テンポをふっと緩めたり追い込んだり、声部ごとの絡みのバランスも自在に変えています。副に回ったパートに思わぬアクセントを置くなど今までの3つの楽章で採用しなかったアクセントをここぞとばかりに投入するのです。そして、なんと言っても全曲に渡って要と思っているオーボエ独奏がここで一段と光ります。おそらくゲルノート・シュマルフスだと思うのですが、ともかく味わい深い音色です。最後はBPO盤を越える白熱した演奏となって、幕が閉じられます。
ゆったりとしたテンポで圧倒的な合奏力を駆使して気宇壮大な演奏を繰り広げながらも、粗野にならずに品格を貫いたBPO盤、ありとあらゆる至芸を組み込みながらも全体は重厚さを失わないMPO盤、どちらもケンペの音楽のありようをきちんと出した演奏だと思います。
下は比較に使った旧録音のベルリンフィルとの1957年の「英雄」です。