マータの「ハーリ・ヤーノシュ」 | geezenstacの森

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マータの「ハーリ・ヤーノシュ」

 

曲目/

コダーイ/「ハーリ・ヤーノシュ」組曲 

1.前奏曲、おとぎ話は始まる    3:50

2.ウィーンの音楽時計   2:04

3.歌    6:02

4.戦争とナポレオンの敗北    4:25

5.間奏曲    4:58

6.皇帝と廷臣達の入城   3:04

プロコフィエフ/「キージェ中尉」組曲 op. 60 

7.キージェの誕生    4:05

8.ロマンス    4:23

9.キージェの結婚    2:32

10.トロイカ    2:42

11.キージェの死    6:15

12.R.シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピールの愉快ないたずら」    14:40

 

指揮/エドゥアルト・マータ

演奏/ダラス交響楽団

 

録音:1988/05/9-12 クリフ・テンプル・バティスト教会 ダラス

P:スティーヴ・ヴァイニング

E:グレイ・ライス

 

プロ・アルテ CDD403

 

 

 このCD、日本ではビクターから発売されましたがそのアルバムジャケットのデザインは全く別物でした。

 

 

 多分今の人はこのエドゥアルト・マータは知らないのじゃないでしょうか。1980年代はこのラテン・アメリカ系の指揮者が活躍を始めていました。特にこのマータとエンリケ・バティスは同い年とあってよく比較されたものです。なかでも、マータは作曲家も目指したということで、三つの交響曲や、室内楽曲、ソナタ、バレエ音楽を作曲しています。1942年生まれで、メキシコ音楽院ではカルロス・チャベスに師事しています。その後、1964年にクセヴィツキー財団奨学金を得て、タングルウッド音楽センターの講習会に参加し、マックス・ルドルフとエーリヒ・ラインスドルフに指揮を、ガンサー・シュラーに作曲を師事しています。指揮者としては、1963-65年にかけてメキシコ・バレエ団の音楽監督、1965-66年はグヮダラハラ管弦楽団の指揮者とメキシコ国立自主音楽大学学長に就任し、同大学のオーケストラの指揮者も務めていました。その後、アメリカのアリゾナシュゥのフェニックスのオーケストラや音楽団体の指揮・監督者を勤めた後、活動を停止していたダラス交響楽団の音楽監督に1977年に就任します。

このダラス交響楽団、マックス・ルドルフが音楽監督の1973-74シーズン中に財政難で一時活動を停止しています。それを救ったのがこのマータで、1977-1993の間音楽監督を務めドラティの常任以来の第2の黄金期を作り上げました。これからという時に飛行機の墜落で1995年になくなってしまいます。まあ、そんなことで今では埋もれてしまっていますが、恩師のカルロス・チャベスの交響曲全集をLSOと録音して残しています。この録音は現在も唯一の全集なんですけどねぇ。下はマータのRCAデビュー盤です。懐かしいジャケットですなぁ。

 

 

 

 さて、このCDです。本家のタイトルは「3人のヒーロー」というテーマがはっきり表示されていますが、国内盤は「ハーリィ・ヤーノシュ」だけをメインに扱っています。まあ、R.シュトラウスの「ティル・オイレンシュピール」がヒーローかといえばちょっと?マークがつきますが切り口としては面白いものでしょう。そして、マータ/デトロイトSOの録音はRCAが積極的に行なっていましたが、プロ・アルテにもこういう録音があったんですなぁ。このコンビの脂の乗ってきた時期の録音といえます。

 

 最初の「ハーリ・ヤーノシュ」は前奏曲の冒頭のくしゃみの描写がダイナミックで残響成分が多いので寓話の表現が実にうまく捉えられています。これだけの表現を見てもダラス響とマータの関係がうまくいっていたことをうかがい知ることができます。

《前奏曲、おとぎ話は始まる》は、柔らかく艶やかなソノリティが早くも聴き手の耳を捉えますが、マータの棒はすこぶる感度が良く、弦のしなやかなカンタービレにトランペットを配合する音色のバランスも絶妙。起伏の作り方も実にうまく、最後のフォルティッシモの前に一旦音量を落とす演出も効果的です。

 

 《ウィーンの音楽時計》は卓越したリズム感で軽妙に描写。音色のセンスも鋭敏という他ありません。オケもマータのDNAを完全に受け継いでいて、ジャズ・バンド並みに軽いタッチとよく弾むリズムが痛快です。ただ、この曲だけ冒頭の鐘が響きすぎホールの中で共鳴しすぎているので音が濁るのが残念です。

 

《歌》は、こういう録音だと弱音部が生彩を欠いて聴こえがちですが、温度感のあるダラス響の音色がそういったデメリットも補っています。《戦争とナポレオンの敗北》は管楽器が素晴らしい跳ね具合で、やはりリズム感が抜群。描写力に優れ、金管のファンファーレは和声感といいゴージャスな響きといい、カルロス・チャベスを彷彿させるメキシコ感がさすが。《間奏曲》は速めのテンポで勢いがあり、スタッカートの効いたトランペットの歯切れ良いアクセントも、主旋律に生き生きとした興趣を加えます。ただ、民族楽器のツィンバロンの音がやや大人しめでもう少し前に出ても良かったのではないかと思われます。《皇帝と廷臣達の入城》もリズミカルで闊達。フィナーレにふさわしい音楽として纏めています。

 

 2曲目はプロコフィエフの組曲「キージェ中尉」です。マータは、爆演指揮者と紹介されているのも時折見かけますが、ちょっと違うのではないでしょうか。彼が、聴き慣れない斬新なデッサンを施す事があるのは確かですが、基本的には豊麗なサウンドを作り上げ、落ち着いたテンポで音楽を作っていく人です。《キージェの誕生》は波乱に満ちたギージェの先行きを大太鼓の打ち込みでうまく表出しています。

 《キージェの結婚》や《トロイカ》はリズム・表情共に生気に満ちているものの、造形が端正なため、作品の機知をうまく捉えるには至らない憾みもありあります。《ロマンス》での情緒纏綿たる旋律の歌わせぶりや響きのリッチさ、《キージェの葬式》に《キージェの結婚》のメロディが合流してくる箇所で見せる絶妙なユーモア・センスは、この指揮者の演出巧者で器用な面をよく表しています。ここでは、ゆったりとした足取りを基本に置きながらも、各部のテンポに微妙な変化を与えているのが効果的。

 

 最後の寓話の主人公はティルです。アンサンブルは生き生きと躍動し、軽妙なタッチが作品のユーモアを見事に表出しています。速めのテンポが全体を引き締めていますが、リズム感の鋭敏さは描写力に直結しています。強音部のソノリティは柔らかくリッチで、ヴァイオリン群の艶やかな歌も聴きものです。潤いたっぷりの豊麗な音色は耳に心地よく、エッジの効いたブラスのアクセントも刺々しく響きません。一気に加速してスポーティに活写するクライマックスは、マータ一流の鮮やかな棒さばき。まるで羽毛のように軽い《ティル》です。マータは60曲ぐらい録音を残しているはずですが、ほとんど知られていません。この録音も中古でもほとんど出物はないようです。