ゼルキン オーマンディ
ブラームス ピアノ協奏曲第2番
曲目/
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.83
1.第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ 17:16
2.第2楽章 アレグロ・アパッショナート 8:48
3.第3楽章 アンダンテ 12:40
4.第4楽章 アレグレット・グラツィオーソ 9:22
ピアノ/ルドルフ・ゼルキン
指揮/ユージン・オーマンディ
演奏/フィラデルフィア管弦楽団
録音/1960年4月4日 フィラデルフィア、ブロードウッド・ホテル
P:トマス・フロスト
CBSソニー 13AC87
こちらは昨日取り上げた1番のレコードの1年前に発売された最初の1300円盤です。この時はジョージ・セル12枚、ミトロプーロス3枚、ゼルキン2枚、そしてロベール・カサドシュ3枚が限定盤で発売されました。面白いのはこの、最初の発売は他社と同じようにたすき掛けの帯になっていることです。それが翌年にはレコード上部にかぶせるキャップに変わっているのですから何か内部で大きな変革があったのでしょう。また、第1番は全く違うデザインで再発されていますが、この2番はのちの発売でも同じ写真が使われています。
この作品はルドルフ・ゼルキンの得意のレパートリーの1つであり,録音も 多く,同じオーマンディ指揮フィラデルフィア管との1945年のSP録音と1956年のモノーラル録音,そしてセル指揮クリーヴランド管との1966年のス テレオ録音がありますが,この録音ではゼルキン57歳の壮年期の演奏が聴け るのが楽しみです。
調べてみてわかったのですが、最初のブラームス1番はセル/クリーヴランドOと2回録音しています。4回録音のオケの指揮が オーマンディ2回、セル2回というのは面白いところです。同じ曲を4回録音というのはなかなかないことでそれだけ得意としたことが伺い知れます。そして、この2番では、1946年フリッツ・ライナー指揮ピッツバーグSo.とのSP録音が最初です。2回目の録音はセル/クリーヴランドo.との共演で1952年のものです。当盤の録音は3回目のもので1961年オーマンディ/フィラデルフィアOとなります。ちなみに、4回目の録音は多くの方がご存知の1968年セル/クリーヴランドで巷では名盤と言われています。しかし、その1968年録音で二人はその音楽観の違いから完全に仲たがいしたといわれていて、以後共演はなかったということです。商業ベースでは成功していますが、決裂のきっかけを作ったのが1968年録音だったというのはなんとも皮肉なものです。
まあ、そういう経緯もインプットしながらこの演奏です。オケの大きく柔らかな覇気のある華と、ピアノの漲る気迫とほとばしるような情に彩られた、陰を感じさせる重さはありませんがが、スケールの大きさを感じさせる堂々の演奏といえます。オーマンディの合わせ上手ということもあるのでしょうが、心技体ともに完璧で脂の乗り切った境地にあったゼルキンの凄さをはっきりと刻印しています。オーマンディの芳醇なフィラデルフィア・サウンドをバックに、ゼルキンの味わい深いピアノも朴訥ながらも力感あふれ、しかも作品の核に肉薄しようとする気迫が、聴き手に圧倒的な印象を与えます。
第1楽章は歯切れの良い音でリズム感も良く、テンポと表情の変化が細やかで1音1音がとても丁寧に弾かれてます。音色にきりきりした鋭さはなく、響きもやわらかでゼルキンのピアノは力強く気概に満ちた情にあふれながらどこか純粋に澄んでいるような響きでもあります。フィラデルフィア管の明るく色彩感豊かで躍動感のある伴奏とゼルキンのピアノがよく似合っていて、オーケストラとピアノが互いに共鳴しているような調和を感じます。記録によると、ゼルキンは、このオーケストラと90回以上(ソリストとして共演してきているから、気心が知れて安心して演奏できるオーケストラだったのでしょう。
第2楽章はやや憂いのある旋律が流れるスケルツォです。切迫感や悲愴感はやや薄いですが、揺れ動く感情とひそやかな情熱が込められています。 ゼルキンのようなストイックなタイプの演奏と,充実した響きを持ち味とするオーマンディ指揮とフィラデルフィア管とは,かなりタイプが異なることから,協奏曲としての相性はどうかなとも思ったのですが,実際に聴いてみると,オーマンディはゼルキンの演奏のコンセプトを十分に理解して正面から受け止めるとともに,ゼルキンのピアノの響きに鮮やかな彩りを与えており,指揮者としての技量と懐深さに改めて感嘆するほかありません。
第3楽章はチェロの独奏が美しい楽章ですが、ゼルキンのピアノもそれに劣らずゆったりと流れ、深い叙情があります。包み込むような優しさのあるピアノです。オーマンディ指揮のフィラデルフィア管も,持ち前の明るく厚みのある響き と各奏者の見事なテクニックと表現力を生かして,スケール感も陰影もある雄 弁で深々とした味わいに満たされた,大変に聴き映えのする演奏を聴かせてい ます。
第4楽章はタッチがとても軽やかで、音色も明るく柔らかさもあります。ブラームスにしては重厚さが薄くて軽めの雰囲気がしますが、心が浮き立つような開放感がよく出ているからでしょう。冒頭からピアノの音色は明るく、テンポの揺らし方や表情の変化もこの演奏の方がずっと細やかにつけられています。当時のデータわ紐解くと、ゼルキンとオーマンディ/フィラデルフィア管は、この録音の翌日にカーネギー・ホールで同曲を演奏しています。きっと素晴らしい演奏だったでしょうなぁ。
ゼルキンのピアノは,無駄のない引き締まった響きと厳しい彫琢によって作品をストイックに描き出しており,聴いていて身の引き締まる思いがしますが,加えて,シンプルな輝きをもった音色の美しさや,余韻のあるフレーズの精妙さもあって,スケール感も味わいも豊かな,まさに達意の域にある演奏を披瀝しています。 ゼルキンの演奏においてとりわけ特徴的なのは,技術的な難所にさしかかっても安定したテクニックをもって全く危なげなく演奏しているのですが,この作品においては,その難所はテクニックを誇示するためではなく表現上の必然によるものであり,その演奏からは聴き手にテクニックの見事さを意識させずに表現そのものが伝わる思いがすることで,こういう演奏のできるピアニストというのは他にちょっと思い浮かびません。 も
そんなわけで,この録音はルドルフ・ゼルキンという稀代の名ピアニストの 素晴らしい高みにある演奏の姿と,オーマンディ指揮のフィラデルフィア管の 鮮やかな名演が堪能できる類い希な1枚であり,名演あまたあるこの作品の録 音の中にあっても最も優れたものの1つであろうと思います。
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