アファナシエフの皇帝
曲目/ベートーヴェン
ピアノ協奏曲 第五番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
1. Allegro 22:38
2. Adagio Un Poco Mosso 9:16
3. Rondo: Allegro 11:44
ピアノ/ヴァレリー・アファナシエフ
指揮/ユベール・スダーン
演奏/ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
録音:2002年6月10&11日(第5番)、
ザルツブルク、モーツァルテウム大ホール(ライヴ)
収録時間: DISC 1:40:52(3番): DISC 2:43:37(5番)
Oehms Classics OC311
このアルバムはアファナシエフの初の協奏曲録音となるものです。この顔合わせは2001/02年のシーズンにザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の定期公演で実現した「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲ツィクルス」によるもので、2002年4月にアメリカ・ツアーも行い絶賛を博した演奏を、ザルツブルクでライヴ録音したもののようです。
アファナシエフのベートーヴェンはピアノ・ソナタ第30番&31番、ディアベッリ変奏曲やモスクワ放送響を指揮!した「英雄」と「田園」がありますが、協奏曲は初めてで、ほかの作曲家のピアノ協奏曲も録音はありません。ベートーヴェンの「皇帝」は1999年に「東京の夏音楽祭」のオープニングで東京交響楽団と弾いて大きな話題と感動を巻き起こした記録があります。
本来は2枚組でピアノ協奏曲第3番との2枚組なんですが、ここでは第5番の「皇帝」だけを取り上げます。それにしても歴代の皇帝の録音の中でも最も遅い演奏になっています。下は手持ちの代表的な録音をピックアップしましたが、それらに比してもその遅さが際立っています。
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番 |
第1楽章 |
第2楽章 |
第3楽章 |
合計 |
アファナシエフ/スダーン、ザルツブルク |
0:22:38 |
0:9:16 |
0:11:44 |
43:38:00 |
ユンディ・リ/ハーディング/ベルリンPO |
0:20:17 |
0:8:10 |
0:10:16 |
38:43:00 |
ブロンフマン/ジンマン/トーンハレO |
0:19:35 |
0:7:28 |
0:10:19 |
37:22:00 |
内田光子/ザンデルリンク/バイエルン放送 |
0:20:55 |
0:8:18 |
0:10:32 |
39:45:00 |
アシュケナージ/クリーヴランド |
0:21:08 |
0:8:10 |
0:10:59 |
40:17:00 |
バックハウス/イッセルシュテット/ウィーン |
0:19:30 |
0:7:10 |
0:10:28 |
37:08:00 |
ポリーニ/ベーム/ウィーンフィル |
0:20:23 |
0:8:01 |
0:10:16 |
38:40:00 |
この演奏を聴くまで、個人的にはアファナシエフについて何の予備知識もありませんでした。エームス・クラシックスはRCA翼下のレーベルで「アルテ・ノヴァ」を起こしたプロデューサーが独立して起こしたレーベルで日本での発売窓口はありません。たまたま、セールで見つけて安かったので購入したものですが、これは掘り出し物でした。
ヴァレリー・アファナシエフはモスクワ音楽院でジェイコブ・ザックとエミール・ギレリスに師事しています。 1968年にライプツィヒ・バッハ・コンクールで第1位を獲得し、1972年にはブリュッセルのレーヌ・エリザベート・コンクールでも同様に優勝しています。それ以来、彼はヨーロッパ諸国だけでなく、アメリカや日本でもコンサートを行っていますが、鬼才が災いして、レコーディングはそれほど多くありません。近年になってソニーが契約して纏まったアルバムを発売しましたが、それ以来新譜は途絶えています。ただ、日本での人気は高いようで今年も11月に来日してリサイタルを開催するようです。
ヴァレリー・アファナシエフ
ヴァレリー・アファナシエフは確かに現代で最も強い意志を持ったアーティストの一人です。 彼は自分の録音にブックレットのテキストを自分で書きます。 このCDにもブックレットがついていて、文学的視点からベートーヴェンとその時代からの穴レーゼを展開しています。彼の目標は、作曲家の思想に対する洞察の包括的な全体像をリスナーに提供することのようです。彼のツアーでは、音楽そのものだけでなく詩、哲学、絵画、カバラ、おいしいワインが参考として引用されることもあります。 音楽の枠の中に収まらない人物で、事実ヴァレリー・アファナシエフは、小説、連作詩、物語、そして 2 つの演劇を書いています。
この CD では、ヴァレリー・アファナシエフが、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲のセンセーショナルな演奏で、ユベール・スダーンとモーツァルテウム管弦楽団という対等なパートナーを見つけたことでレコーディングが実現したものです。
ユベール・スダーン
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
第1楽章からそのテンポの遅さには驚かされます。まるでピアニストのチェリビダッケです。しかし、ただ遅いだけでなく一音一音に深い意味が込められており、久々に「皇帝」をじっくりと聴いたという充実感に包まれました。まず、この時代ベートーヴェンの演奏はピリオドスタイルを取ります。ここでも、バックのザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団はユベール・スターンの指揮のもとそのスタイルを踏襲しています。まあ、ピリオド奏法だと間が持たないので必然的にテンポは速くなりますが、そこは天下の奇才アファナシエフと合わせるのですから早いテンポはあり得ません。まず第一印象がよくぞこのテンポでオーケストラをドライブできたと感心した次第です。さらにはアファナシエフの打鍵の強さ。まさにオーケストラと対等の立場でピアノをバリバリと鳴らしています。それがただ大きな音というわけではなく、ちゃんとベートーヴェンの音楽の芯を捉えた演奏になっているからすごいものです。ベートーヴェンはこの曲でピアニストの見せ場ともいうべきカデンツァを用意しませんでした。ですからピアニストはベートーヴェン描いたスコアを演奏するしか方法がないのですが、アファナシエフはこれを逆手にとって、さもカデンツァ風にピアノ・ソロの部分をそれこそ極端に遅いテンポで弾いて退けます。まあ、聴いてみてください。
このテンポに慣れたならアファナシエフの引く第二、第三楽章もついていけるでしょう。上にはあげませんでしたが、1960-70年代に一番遅い演奏はグルダ/シュタイン盤でした。それぞれ、21:06、8:51、10:35とゆったりした演奏で録音も良かったので話題になったものです。
オーケストラの響きは結構重量感はあります。車載のCDコンポで聴いた時はなかなかの迫力がありました。ところが脂質のオーディオシステムで聴くとまるでバランスが変わり、ティンパニの音が前面に出てきてコントラバスやチェロの響きはやや奥まってしまいました。本来はこういう響きなんでしょうが、カーステレオで聞いた方が感動が上回ったという不思議にCDでもありました。
このCDは2003年に国内盤も出たようですが、あっという間に市場から消えていますし、輸入盤も大手レコード店では今は手に入らないようです。配信サービスではナクソスやアップルが扱っているようですが、解説はどうなっているんでしょうなぁ。