水戸室内管弦楽団と巡る
ヨーロッパ音楽紀行
編集/水戸芸術館音楽部門
著者/ 広瀬 大介
出版/音楽之友社
水戸芸術館館長・吉田秀和の創立理念に基づく理想の室内オーケストラ3度目のヨーロッパへ。さまざまな試練に耐えて、3度目のヨーロッパ演奏旅行をなし遂げた水戸室内管弦楽団。訪れたヨーロッパの街々独特の時間の姿と音楽的感性に触れ、喝采を浴びたツアーの成果をレポートする。---データベース---
この本は水戸室内管弦楽団が2008年6月の第3回ヨーロッパツアーを行った時の軌跡を追っています。ミュンヘン、ウィーン、フィレンツェ、マドリード、パリの5都市をまわる予定だったMCOのコンサート(実際は3都市)に触れながら、各都市のことに音楽に関する歴史と現在というテーマでの考察とともに、現地に暮らしてさまざまな音楽活動を行っている日本人たちに取材した、いわば「聴衆」「旅人」「住民」の3つの視点からヨーロッパ各都市を捉えた音楽紀行になっています。
本来は、当初予定されていた指揮者の小澤征爾氏が急病のため、急遽指揮者なしのかたちで行われたもので、日本の管弦楽団としては、まさに大冒険であったツアーです。5か所のうちウィーンとパリは演奏会は中止になっています。つまりは小沢氏のネームバリューに乗っかったコンサートツアーであったわけです。プログラムは一種類だけ、指揮者無しとはいっても、新作の演奏ではメンバーでホルン奏者のラデク・バボラークが急遽指揮を担当するという綱渡りの変更を経てのツアーでした。この本に書かれていない裏話ですが、この時小澤氏は、ズービン・メータ、ダニエル・バレンボイム、リッカルド・ムーティ、ピエール・ブーレーズ、クリストフ・エッシェンバッハ等に代役を依頼したものの都合つかず、やむなく小澤は指揮者なしでツアーを強行させるよう指示し、成功に導いたという逸話があります。旅の途中に起こる、さまざまな難題に立ち向かうさまは緊迫のドキュメンタリーとして綴られていて、途中でハボラークが高熱を出して倒れるというその苦難を乗り越えた彼らは各地で大きな喝采を得ます。
以下、章立てです。
目次
▽はじめに
▽吉田秀和・水戸芸術館館長が語る
水戸室内管弦楽団第3回ヨーロッパ公演の意義と成果、そして今後
▽プロローグ/水戸――予期せぬ事態
▽ミュンヘン
ツアーは始まる
現地新聞評より
街と音楽
現地在住日本人に聞く
▽ウィーン
街と音楽
現地在住日本人に聞く
▽フィレンツェ
「奇跡」から「信頼」へ
現地新聞評より
街と音楽
現地在住日本人に聞く
▽マドリード
すばらしいホールで
街と音楽
現地在住日本人に聞く
▽パリ
街と音楽
現地在住日本人に聞く
▽ツアーを終えて~楽団員・出演者に聞く
▽エピローグ/第73回定期演奏会――さらなる熟成へ
▽あとがきにかえて
・水戸室内管弦楽団全公演記録
・水戸室内管弦楽団第3回ヨーロッパ公演参加メンバー
もともとこのオーケストラは、定期演奏会は小澤征爾指揮による演奏会、客演指揮者による演奏会、ソリストを迎えての演奏会、指揮者を置かないメンバーのみのアンサンブルによる演奏会の4つの柱を基本に構成されていましたから、指揮者無しでの演奏もできないわけではありません。しかし、それは曲目によります。今回のツァーは自然に国内でも同じ曲目て演奏会が組まれていました。もちろん小澤征爾氏が指揮するという前提でのコンサートです。
急遽降板になり、そのコンサートを引き受けてくれたのは広上淳一氏でした。曲目は変更できません。突貫でひろがみ氏はこのプログラムを短いリハーサルで指揮します。通常水戸室内管弦楽団は同じプログラムで3回公演します。その1回目と2回目を彼が指揮して3回目は指揮者無しでの演奏会で臨んだのです。
上記のツアースケジュールの中でウィーンとパリでの公演はキャンセルになりました。小澤征爾が指揮しない演奏会では客が呼べないということなんでしょうなぁ。プログラムの内容にもよるのでしょうが、指揮者なしのオルフェウス室内管弦楽団でもグラモフォンの専属時代にはベートーヴェンの交響曲は取り上げていませんでしたからねぇ。
冒険といえば冒険のプログラムです。それを上のメンバーでやりきったというのは一つの成果でしょうな。この本のタイトルは音楽紀行の部分が大きくなっていますが、その部分は他の紀行もの書物と変わる部分はあまりありません。それよりも、図らずも指揮者なしのコンサートツァーをせざるを得なかった水戸室内管弦楽団のドキュメント部分をもっとクローズアップして本にまとめた方が良かったのではと思えます。現実的にはその後の小澤征爾氏の状態ではコンサートツァーは無理のようで、水戸室内管弦楽団もこの時以来海外ツアーができていないことを考えると、小澤征爾ありきでのツアーであったことが図らずも証明されてしまったことになります。言葉を変えるなら、後継者を育ててこなかったツケが尾を引いていると言っても過言ではないでしょう。