アーブル美術館のベートーヴェン&ショパン:「英雄」 | geezenstacの森

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アーブル美術館のベートーヴェン&ショパン:「英雄」

 

曲目/

ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」 

1.第1楽章    16:21

2.第2楽章 葬送行進曲    15:14

3.第3楽章 スケルツォ&トリオ    6:02

4.第4楽章 フィナーレ    12:05

5.ショパン/ポロネーズ第6番変イ長調op.53「英雄」    6:36

 

指揮/サイモン・ラトル

演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ピアノ/マルダ・アルゲリッチ 5

 

録音/April-May 2002 Live, Grosser Musikverainssaal, Wien 1-4

   Jun3 23-27 1965 No.1 Studio, Abbey Road. London 5

 

ワーナー WPCS-13695

 

 

 「アーブル美術館」なるものをご存知でしょうか?このCDのジャケットはそのアーブル美術館の作品をジャケットに採用したもので、2017年に全25枚のシリーズで発売されました。このラトル/ウィーンフィルの「英雄」はその9枚目としてリリースされています。楽曲は従来のベスト100的な、クラシック集とは異なり、「ベト7」や「ジュピター」、「フィギュアスケート」でも耳にする楽曲などをはじめ、親しみやすい、聴いたことのある楽曲を中心にセレクトされており、シリーズには「運命」も「田園」も収録されていません。画とのシンクロを考えた選曲で、絵画を飾り楽しみながら、クラシック音楽のメロディに親しめる毎日を提案する25枚のアルバムは、EMI、ERATOなどから厳選演奏で構成されています。

 

 元々がキャッチ―な世界の名画(贋作)ジャケットですから、往年の絵画ジャケシリーズのパロディーでもある、『ドガのエトワール』に『三大バレエ』、『ナポレオンの峠越え』に『英雄』、などのお約束も収録されています。

 

 この美術館、ルーブル美術館に憧れる館長の藤原晶子さんと、彼女の子ども2人の親子3人からなるアートユニット。お母さんのアドバイスのもと、子どもたちが古今東西の名画を模写する絵は、子どもらしいタッチながら、名画の特徴をしっかり捉えたアートとしての存在感のある作品を数多く生み出しています。作品集「アーブル美術大贋作展」も話題になったものです。そう、贋作を堂々と謳うところもいいですねぇ。

 

 で、このCDです。テーマがナポレオン、ということでの「英雄」をモチーフにカップリングした一枚ということで、ベートーヴェンとショパンがチョイスされています。最初はラトル/ウィーンフィルのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」です。こちらは2002年のライブです。このウィーンフィルとの演奏は全集にもなっていてそちらも所有しているのですが、ここではこのCDを取り上げます。ラトルはこの時代はベーレンライター版の楽譜を使用し、楽器編成は本来の二管編成、配置はヴァイオリン両翼型という時代様式的な条件も踏まえつつ、随所に刺激的な仕掛けを施しています。

 

 ラトルはこの録音に至る前に、古楽オーケストラとしてのエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団としばしば共演していましたからピリオド奏法にも理解を示していました。それもあり、ベーレンライター版を使うということでこのウィーンフィルもピリオド奏法での演奏を受け入れています。この時期、アバドはベルリンフィルとどちらかというと従来型のベートーヴェンの全集を録音していましたからウィーンフィルはラトルとピリオドを選択したと言ってもいいのではないでしょうか。痛切によるとこの録音はウィーンフィル側からラトルにラブ・コールを送ったということで録音が実現しています。

 

 そうして録音された第3番『英雄』、冒頭和音に集約された響は少しフェイドインして音を強調した後、またフェイドアウトしていくというアプローチを取っています。そして、テンポは推進力をそこに乗せて疾走していきます。提示部を繰り返しても16分代で駆け抜けていくというのは全盛期のカラヤンよりも早いと言えます。基本二管編成ですから、響は薄いものになります。さらに対向配置を取っていますから、弦の響きがやけに目立ち管弦楽団の音色はどちらかというと後ろに下がっています。ただ、細かく見ていくと、音のつながりはカラヤンのようにレガートを使って音をつなげ、さらにアクセントを強調して全体の響きにはメリハリがついているという現代的なアプローチをしていて聞いていて次にどんなニュアンスで音楽が紡がれるのか興味津々と云つたところがあります。

 

 ベーレンライター版ということでコーダのトランペットはオリジナルの旋律線で処理しています。ただ、全体の響きにマスキングされているのであまり目立ちません。目立つのはティンパニばかりです。

 

 

 

 

 第二楽章の葬送行進曲もまた然りで、従来の足を引きずっての行進ではなく、悲しみの中にも秩序あるアンダンテでその中にやはりリズムの強調と独特のアクセントでドラマチックに仕上げています。この楽章では管の旋律線が強調され、オーボエ、フルート、クラリネットの響きが奏者の技量に任せながらも見事にオーケストラに調和しています。

 

 

 それは第三楽章にも言え、歯切れの良いリズムやアクセントで音楽が形作られていきます。そして、普通は前半二楽章にウェイトが偏りがちに鳴るのですが、この楽章のテンポは従来の演奏のテンポを踏襲し、後半二楽章を前半と対等のウェイトでシンメトリックに捉えています。そのため非常に座りの良い演奏になっています。

 

 

 この流れで第四楽章に入りますから、音楽の流れは途切れません。ウィーンフィルは徹底的にラトルの演奏スタイルで曲を紡いでいきます。中間部の歌謡風のメロディはまるで歌うように奏でられますし、対向配置の掛け合いも聴いていてうっとりします。この時期ウィーンフィルはアーノンクールとの共演も多く、ピリオドアプローチも十分経験していますからその響は優雅です。そして、前半と後半のシンメトリックな音楽の構築でこの「英雄」という作品を巨大な作品に構築して見せたラトルのアプローチは再評価しても良いでしょう。

 

 

 一般のリリースものでは交響曲第1番とカップリングされているのですが、ここではショパンの「英雄」ポロネーズがチョイスされています。アルゲリッチのショパンがEMIに残されているというのにもびっくりなのですが、録音はまだ、ショパンコンクールに優勝する前に録音されています。初期の録音ということで初々しさはありますが、この頃からタッチは力強く、まるで男性が弾いているような響きがします。