ジャズの秘境 | geezenstacの森

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ジャズの秘境

 

 

今まで誰も言わなかったジャズCDの聴き方がわかる本

 

著者/嶋護

出版/DU BOOKS disc union

 

 

 ビル・エヴァンス最期の日々を追いながら、マスタリングによる音色の差異を喝破する〈絞殺された白鳥の歌〉ほか全16章を収録。録音作品の「外の世界」への想像力をかきたてる“耳"からウロコのジャズ/オーディオ・アンソロジー。---データベース---

 

 

 島護氏の著作では今までに「クラシック名録音106究極ガイド」を取り上げていますが、今度はジャズの本です。まあ、ジャズの名盤の解説本は腐るほどありますが、この一冊はそのレコーディングの背景にオーディオ的知見で迫っているというのが特徴となっていて、病んでいて非常に興味深かった一冊となりました。こんな内容で構成されています。

 

《目次》
絞殺された白鳥の歌――ビル・エヴァンス最期の日々~『コンセクレイション』『ザ・ラスト・ワルツ』
深海の二重奏――ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』の暗流する低音
ルディ・ヴァン=ゲルダーとロイ・デュナンは間接音にいかなる対処を試みたのか――知られざる録音史の探究
一休み、一休み――録音スタジオの最高峰、サーティース・ストリート・スタジオとフレッド・プラウトの名技が生んだ『タイム・アウト』
ストレイト、ノー・チェイサー、バット・リミックス――装置の限界に挑戦。セロニアス・モンクとスタインウェイの鬩ぎ合い
ゼロ年代版『カインド・オブ・ブルー』?――21世紀を代表するSACD
ライジング・スター・フロム・フクイ――あなたはユウコ・マブチを知っているか? 
カナダからのオファー――ポール・デスモンド晩年の冒険
ウィー・リメンバー・ボックスマン――レイ・ブライアントの隠れた宝物
ノーマン・グランツをめぐるワン、ツー、スリー――フレッド! エラ!! オスカー!!!
パリの二分法――バルネ・ウィランの優秀録音を見分けるには
ジャズとマフィアと戦闘機――baaaadなテナー・プレイヤー、ボブ・キンドレッドの優秀録音
モーションからエモーションへ――セシル・テイラー・ファン必聴のスーパー・セッション『ネイルド』
ビル・エヴァンス:ファースト・トリオのベストCDを探る
ルディ・ヴァン=ゲルダ―/シグネイチャー・サウンド――ルディ・ヘイツ・ヴァイナル? 
「長々と説明をありがとう」~あとがきに代えて

 

 このブログはこの本で取り上げられているビル・エヴァンス最期の日々~「コンセクレイション」を聴きながら書いています。個人的にはビル・エヴァンスはそれまでアルバムは一枚も持っていなくて、代表曲の「ワルツ・フォー・デビー」をオムニバスアルバムで所有しているくらいです。ですから、最初はこの本の第1章から読むのをためらっていました。しかし、後半になってピッチの問題からこの「コンセクレイション」のピッチがおかしいことがわかり、デジタル化した時にはそのピッチを修正したものが発売されています。多分聞いている音源はその音源なんでしょうなぁ。このアルバムは最初「ノンサッチレーベル」から発売されていたというのも初めて知ったことです。そして、その話から録音技術の話に発展し、コンプレッサーの使い方がジャズ録音の方向性を決定づけたという流れになっています。その過程で、懐かしい名エンジニアリングのルディ・ヴァン・ゲルダーが登場し、彼がカスタムメイドのミキシングコンソールを使って録音していたことにも言及しています。これが一種独特の音を生み出し、オリジナル版のジャズレコードが珍重される理由が本書で分かるというものです。ヴァン・ゲルダーはマスター・カッティングまで関与しいて、彼がカッティングしたレコードにはそのサインが残されていますし、Vのマークが刻まれていれば彼の関与したマスターだということがわかるようです。話があちこちに飛び、ビートルズの「レボルバー」のアルバムはEmiのエンジニアジェフ・エメリックが関わっているのですが、その録音やミックスダウンは全てフェアチャイルドの660というコンプレッサーを駆使していて、リンゴ・スターのドラムサウンドは彼の手になるものだそうです。

 

 レコード時代はこういう名エンジニアがレコードを製作していたということで、レコードの音の良さを満喫できるのですが、それはまたレコードの特性を熟知していたからで、CD時代には別のアプローチが必要になったこともこれ必然的な時代の流れです。

 

 この本はそのCD制作の流れについても言及されていて、ある音源がオリジナルのマスターにまでさかのぼってマスタリングされたものはレコートで残されたものとは全く違う音になっているということもありなんだということがわかります。誰がいつデジタルマスタリングしたのかもCDでは重要なポイントといってもいいでしょう。そういう比較のためにもオリジナルのレコードというのは重宝されるものなんでしょうなぁ。

 

 この本の中でジャズの録音で優秀なスタジオについても触れられていて、CBSがニューヨークに構えた、「サーティース・ストリート・スタジオ」はその理想形のサウンドが捕らえられたようで、ビル・エヴァンスもこのスタジオで録音したものが少なからず存在します。そのサウンドは1949年から1965年の間に制作されたもので、以降は改装されたために全く音が変わってしまったようです。ここで生まれた名録音盤には、マイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」、「スケッチ・オブ・スペイン」、ディヴ・ブルーベックの「タイム・アウト」、「ミンガス・アー・アム」、「ミンガス・ダイナスティ」、「サウンド・オブ・ジャズ」、レディ・イン・サテン」、「フリー・フオース」、ライブ・アット・サーティス・ストリート」、「思い出のサンフランシスコ」などがあり、どれもフレッド・ブラウトがミキシングを担当しています。彼はトマス・フロストやジョン・マックルーアという名プロデューサーに隠れていますが、バーンスタイン、グレン・グールド、ホロヴィッツ、ジュリアード四重奏団などの録音にも携わり、マーラーの交響曲全集もてがけていて、のちにコロムビアの録音打ちようまで勤めています。この本の中ではルディ・ヴァン・ゲルダー、ロイ・デュナンとともにトップ録音ミキサーとして紹介しています。

 

後半は特筆すべきプロデューサーをピックアップして取り上げています。その名からスィング・ジャーナル紙で名を馳せた児玉紀芳や菅野沖彦氏の名前も登場します。クリフォード・ブラウンの再発掘やジョン・ルイスのバッハアルバムを製作した児玉氏、自らレーベルを立ち上げ世界レベルの録音の残した菅野氏、そしてルディ・ヴァン・ゲルダーについては1章を設けてオーディオ氏に掲載されたインタビューが掲載されています。こんなことで、ある意味マニアックなんですが同時に非常に分かりやすいと言う稀有な一冊です。

 

 今またレコードが見直されていますが、レコードとCDの音の違いを楽しむことができるというのは、いい時代に立ち会ったものです。最後に下にビル・エヴァンスの「コンセクレイション」の音源を貼り付けておきます。全部聞くには7時間以上かかりまっせ。