月光のスティグマ | geezenstacの森

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月光のスティグマ


著者:中山七里
出版:新潮社

 

 

 幼馴染の美人双子、優衣(ゆい)と麻衣(まい)。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは――。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑(こわく)的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗(まみ)れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する! 激愛サバイバル・サスペンス。---データベース---

 

 この作品は「ラブストーリーをお願いします」という出版社の希望により企画されたもののようですが、著者の中山氏にはほとんど恋愛小説を読んだ経験が無いことや、ただ惚れた腫れたの恋愛ではなく、仕事の面では対立しながら精神面では繋がっているという男女のアンビバレントな状況下での恋愛を描きたいという思いがあったため、恋愛サスペンスの色合いになったということです。わかるようでわからない、つかめるようでつかめない“女性”という存在のもどかしさを強調するため、一卵性双生児という2人の女に翻弄される1人の男が主人公として描かれています。そんなことで、最初はお医者さんごっこを始める主人公が描かれるというおよそ中山氏の作品らしからぬタッチで始まります。今は文庫本化されていますが、カバーは全く違うデザインになっていますから、原作の雰囲気を味わうなら、上の単行本のデザインの方がイメージがつきやすいのではないでしょうか。二人の少女が描かれていますが、片方がリボンを外していることに意味があります。章立ては以下のようになっています。

 

第1章 思春の森

第2章 運命の人

第3章 恋人たちの距離

第4章 逢瀬いま一度

第5章 いのちの戦場

 

 この各章のタイトルは、実在する映画のタイトルや、それを少しもじったものになっていますが、これは著者が恋愛のエッセンスを本からではなく、趣味の映画から抽出した結果でしょう。最初の「思春の森」なんか、70年代のイタリア映画で、思春期の少年少女の三角関係をテーマにしたものですが、現在ではチャイルドポルノに指定されDVDも回収処分となり国内で観ることはできません。こんなポスターでした。

 

 

 森の中で二人の少女を裸にして体の隅々まで観察する主人公純平少年。これはヰタ・セクスアリスなのだろうかと戸惑いつつ読み進むと、どうもそうではないらしいと分かってきます。一卵性双生児の姉妹、麻衣と優衣の違いを探すためにお医者さんごっこをしているという設定です。だが相違点は見つかりません。姉妹は完璧に同じうえに、しかもとても美しい姉妹なのです。外見は完璧に同じ。しかし淳平だけは麻衣と優衣の違いがわかります。二人のほんのわずかな性格の違いを、彼だけは感じ取ることができるのです。

 

 これはちょっとエッチなラブコメなのか?本当に中山七里のしょうせつなのか?そういぶかしんでいると、森の中で事件が起きます。変態男が彼ら三人を襲うのだ。ガムテープで拘束されて三人は自由を奪われます。淳平の目の前でカッターで傷つけられる麻衣と優衣は恐怖のあまり失禁してしまいます。変態男は股間からイチモツをつまみだすと、「口を開けろ」と少女に命じます。しかし、間一髪というところで不審者出没で警戒していた警察に助けられます。

 

 そして、変態男の魔の手から逃れたかと思うと、次は双子の実家を不幸が襲います。号泣する双子の前で淳平は宣言するのです。

「俺が、護ったる」「もう、二人を誰からも傷つけさせない」

 まだ小学生である淳平の、この決意と宣言が小説全体の伏線となっています。

 

 ストーリーが大きく動くのは1995年1月16日、淳平はある事件を目撃します。純平は廃工場で兄の省吾が麻衣に刺される場面を目撃します。純平は前に兄が麻衣に言い寄って振られたところを目撃していますから、このことでパニックになり状況が理解できず家に帰ってしまいます。ところが次の日の未明大震災が発生し、家も倒壊し、お隣の八重樫家も瓦礫となています。そんな中、隣家から微かに助けて・・との声を聞き急いでがれきの中から優衣を助けだします。

 

 こうして全てが震災によってリセットされ、純平も両親を失い、廃工場にそのままになっていた兄も焼け落ちた現場で確認はできません。そして助けた優衣も孤児となり、二人は場所もわからないまま離れ離れになってしまいます。ここまでがこの小説の起承転結の起の部分でしょう。一応殺人事件らしきものはありますが、この小説はそれを本筋とは捉えず舞台は一気に2011年まで飛びます。

 

 純平は検察官となり特捜部に引き抜かれ、同期の中で1番の出世頭になります。そして、選挙違反の金の動きを調べる中で。「震災孤児育英会」を調べることになります。そして、ここで優衣と再会することになるのです。昔の美貌はそのままに、彼女は捜査対象の是枝孝政の私設秘書になっていました。

 

 こうして二人は私生活では恋人、仕事では敵となっり、つまり公と私、昼と夜、上半身と下半身で相反するベクトルが働く状況に置かれながら、男と女の関係を続けていくことになります。それは、二人が交わした子供時代の約束を守っていることが根底にあります。お互い最後まで手の内は明かさないけれども、精神的にはどこかで繋がっている。そういうアンビバレントな状況下での恋愛が展開していきます。いつもの中山七里の作品なら、最後にどんでん返しがあるのですが、ここでは最後に優衣の口から麻衣が省吾にナイフを突き刺した事の真相が語られます。長女の優衣にとっては これもありうるべき事でしょう。派手な殺人が起こるだけがミステリーではないのです。

 

 さて、タイトルにあるスティグマ(stigma)とは、英語で恥辱や汚名、そして負の烙印を意味します。ギリシア語のstizein(入れ墨をする)が語源のようです。しかし、キリスト教では聖痕の意味もあります。『広辞苑』ではもう少し詳しく解説しています。

〈社会における多数者の側が、自分たちとは異なる特徴をもつ個人や集団に押しつける否定的な評価。身体・性別・人種に関わるものなど〉

 

 第1章の森の中で変質者が麻衣と優衣につけた傷は負の烙印か、それとも聖痕なのでしょうか?


 

 さて、この本と先に取り上げている「総理にされた男」はリンクしています。両作とも2013-2014年に連載された作品で、「月光のスティグマ」は阪神淡路大震災とそれに続く東日本大震災、その後の日本を、「総理にされた男」は東日本大震災から民主党政権の支持率が急落し、解散総選挙によって自民党に政権交代がなされた後の日本を描いています。そして、国民党で幹事長に就任した是枝孝正は両方の作品に登場しています。ですから、二つの作品のラストで登場するアルジェリアのテロ事件の日本大使館占拠という出来事もリンクしています。視点こそ違いますが、超法規的措置として自衛隊の特殊部隊が突入するということで事件は解決していきます。この2冊はセットで読むことをお勧めします。