ラスプーチンの庭
著者/中山七里
出版/株式会社KADOKAWA
先進医療は、最愛の人を奪っていった。どんでん返しの社会派医療ミステリ!
中学生の娘・沙耶香を病院に見舞った警視庁捜査一課の犬養隼人は、沙耶香の友人の庄野祐樹という少年を知る。長い闘病生活を送っていた祐樹だったが、突如自宅療養に切り替え、退院することに。1カ月後、祐樹は急死。犬養は告別式に参列するが、そこで奇妙な痣があることに気が付く。同時期に同じ痣を持った女性の自殺遺体が見つかり、本格的に捜査が始まる。やがて〈ナチュラリー〉という民間医療団体に行き当たるが――。主宰の謎の男の正体と、団体設立に隠された真の狙い。民間療法の闇を描き、予想外の結末が待つシリーズ待望の最新作!---データベース---
この本は、刑事犬養シリーズの一冊で、第6作にあたります。中山七里の作品の岬洋介シリーズの次はこの刑事犬飼シリーズで攻めてみますか。今回のテーマはロシアの怪僧ラスプーチンをベースにした作品ということで、彼の名前が使われています。今の若い人なら名探偵コナンの劇場版「名探偵コナン世紀末の魔術師」に描かれていたので名前だけは知っているのではないでしょうか。ラスプーチンといえば帝政ロシアの祈祷僧で奇怪な逸話も多くまた怪異な容貌から「怪僧」「怪物」と呼ばれた悪名高き人物です。
ロシアの神秘主義的修道士。皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラ・フョードロブナの寵臣。本名をノビフといい,シベリアの農民の子として生れた。キリスト教の一分派,むち打ち教に加わり,若いときは放蕩を尽したが,人並みはずれた体力と雄弁で,1902年頃から預言者,聖僧と噂された。 04~05年ペテルブルグの社交界に進出,やがて皇太子アレクセイの血友病に悩む皇后に近づき (一種の催眠療法によって皇太子の出血を何度か止めたという) ,またニコライの治世への神の加護を約して,次第に皇室に影響力をもつようになった。皇后への影響は,第1次世界大戦勃発後の 15年,皇帝がみずから前線の指揮をとるため戦場へおもむいて以来,特に強まった。その国政へのたび重なる干渉,彼を中心とする上流社会の醜聞に憤った皇太子フェリクス・ユスポフ,皇族のドミトリー・パブロビッチらによって暗殺された。
グリゴリー・ラスプーチン
この本の章立てです。
1.「黙示」
2.「聖痕」
3.「怪僧」
4.「教義」
5.「殉教」
この五章の見出しからも実在したこの人物が頭をよぎります。今回のテーマは先進医療と民間療法の対立が主軸となりますが、本作では、織田豊水がラスプーチンを彷彿とさせる怪しげな存在として登場します。民間療法を行う団体「ナチュラリー」の代表です。高額な治療費に加えて、胡散臭い治療法は詐欺師そのものです。しかし、標準医療で治癒しなかった患者はどんなものにでも縋ろうします。また、織田豊水の態度や語り口は自信に満ち溢れていて、聞いている者を圧倒しますし、異論を差し挟む隙がありません。言葉巧みに難病患者に近寄り、秘術のような独自のやり方で施術を繰り返し財産を奪い取る悪魔のような存在です。人の命を救えない標準医療への真っ向からの挑戦状ともいえますが、万病治癒の名の下にたったひとつの尊い命を玩具にするような行為がやるせない怒りを募らせます。彼の犯した本当の罪とはいったい何だったのか。愛する家族が死に直面したとき、何ができるのか。藁にもすがる想いは時には理性を欠いてしまうこともある。これは決して他人事ではない問題だ。
織田の治療が効果をもたらすことがないのは当然ですが、治療の結果のように見えるタイミングで治癒した患者が出ます。科学的根拠の薄い民間療法だからこそ治療の結果だと言えば否定しきれないし、それを科学的に否定することも難しいでしょう。言った者勝ちなのは詐欺の特徴です。民間療法が科学的根拠の薄い治療だとしても、結果が出ればその治療は肯定されます。偽りの結果だとしても、それを信じる者がいれば真実になってしまいます。信じた者は、織田の全てを信じることになります。何しろ、命を救ったのですから。
織田豊水の追い風になったのが、アイドルの桜庭梨乃と政治家の久我山議員です。どちらも「ナチュラリー」の会員であり、織田豊水の治療で治癒したと信じています。標準医療では治らないという思い込みがあるからこそ、治癒したのは織田の力に違いないと信じます。標準医療への不信も、織田に心酔した原因のひとつでしょう。
犬飼と高千穂はこの織田豊水を徹底的に置います。とこらが、その東野織田が第4章の終わりで殺されてしまいます。こうしてミステリーとしての本格的展開になっていきますが、事件は思わぬ方向から織田の素性が分かっていきます。途中でマトリ(厚労省の麻薬取締官)の七尾が登場して織田がコカインの乗用車だということがわかり事件は一気に動きます。
さて、第1章は本編とは関わりのないような別のみストーリーが展開します。グーちゃんとユーちゃんの幼き姉妹が、父親を救えなかった高度先進医療・帝都大に対して復讐を誓う所から物語が始まるのですが、これが大きな伏線になっています。織田豊水と「ナチュラリー」を追い詰めるミステリーだと思っていると、中盤で一気に展開が変わります。犬養たちが追い求める真実が何なのか見えなくなってきたところに一気に伏線が回収されていきます。このどんでん返し、ちょっと意表を突かれます。犯人たちの動機は分かりますが、その方法に納得できるかどうかの微妙さがしこりとして残ります。先進医療に対する問題提起が腰砕けで終わってしまっていますからねぇ。