総理にされた男 | geezenstacの森

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総理にされた男

 

著者:中山七里

出版:NHK出版

 

 

 総理の“替え玉”にされた売れない舞台役者が国民の怒りと願いを代弁する。圧巻の予測不能な展開!読み終えた後の爽快感は必至!人気作家・中山七里が政治の世界をわかりやすく、感動的に描いた、ポリティカル・エンターテインメント小説!---データベース---

 

 売れない舞台役者・加納慎策は、内閣総理大臣・真垣統一郎に瓜二つの容姿とそ精緻なものまね芸で、ファンの間やネット上で密かに話題を集めていた。ある日、官房長官・樽見正純から秘密裏に呼び出された慎策は「国家の大事」を告げられ、 総理の“替え玉”の密命を受ける 。慎策は得意のものまね芸で欺きつつ、 役者の才能を発揮して演説で周囲を圧倒・魅了する 。だが、直面する現実は、政治や経済の重要課題とは別次元で繰り広げられる派閥抗争や野党との駆け引き、官僚との軋轢ばかり。政治に無関心だった慎策も、 国民の切実な願いを置き去りにした不条理な状況にショックを受ける。義憤に駆られた慎策はその純粋で実直な思いを形にするため、国民の声を代弁すべく、演説で政治家たちの心を動かそうと挑み始める。そして襲いかる最悪の未曽有の事態に、慎策の声は皆の心に響くのか――。
予測不能な圧巻の展開と、読後の爽快感がたまらない、魅力満載の一冊。このほんの章立てです。

 

1.閣僚

2.野党

3.官僚

4.テロ

5.国民

 

 中山七里の作品としては珍しくミステリーものではない一冊です。NHK出版のウェブサイト上で2013年10月から2014年12月にかけて連載され、2015年8月25日にNHK出版から単行本が刊行された作品です。もう10年も前の作品ですが、当時は東日本大震災の爪痕も生々しく、政治の世界では現実的には民主党政権から自民党政権に変わっていた時代です。まあ、ここから安倍政権が長期にわたって始動していた時期ですが、内容的にはそれを皮肉って理想の政治とはこういうものだということを作者なりに表現したかったのではないでしょうか。

 

 小説に登場する政党も事件もネタ元を想起させる内容になっています。主人公は別として登場する人物は実在の人物を一部に想起させながら展開していきます。そのため虚実ない交ぜにして展開していきます。現実の日本の政治家いかに官僚主体でいいようにオペレーションされているのか、それに対して実際の内閣がいかに無力であったのかがつまびらかになる一方、この小説で影武者として総理になってしまった舞台役者・加納慎策か本来の意味で政治家として理想の政治を実践していくかという展開が痛快です。

 

 ただ、小説の展開がやや強引で、官房長官・樽見正純、城都(じょうと)大学政治経済学部准教授で学時代の盟友、風間歴彦しか影武者だとは気がつかないのはいかにも出来過ぎです。話の展開はテンポがありいいのですが、主人公が冒頭で描かれる人物像より頭の回転が速くて、記憶力がよくて、庶民感覚を持っていて、機転が効いて理路整然と話ができて、自分を演出できるというある意味理想的な人物像として描かれていきます。

 

 ここで、影武者となる総理の真垣統一郎の病気ですが、「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」というものです。これは、皮膚とそのすぐ下の組織に生じる、広がりやすい細菌感染症です。 この感染症の最も一般的な原因はレンサ球菌またはブドウ球菌です。 患部の皮膚に発赤、痛み、圧痛がみられるほか、発熱や悪寒が生じたり、より重篤な症状が現れたりすることもありまが死に至ることはないようです。2020年の初場所で横綱白鵬が休場した理由がこの「蜂窩織炎」でした。ここでは、この病気で総理大臣が亡くなってしまうという展開になるのですが、そこからして無理があるということですなぁ。

 

 この総理は一応二期目の政権運営ということになっていますが、閣僚がその総理の状況に全く無関心であることも真実味のない展開の一因になっています。こういう設定であるがために七里氏の作品としては面白いのに映画化されなかったのではないでしょうか。

 

 途中で同棲していた安峰珠緒が警察に捜索願を出して失踪者の捜索を依頼するのですが、この展開から影武者がバレてしまうのではないかという伏線も貼られるのですが、そういう部分はあっさりと裏切られます。

 

 第3章での官僚ではさながら一番現実味のあるバトルが展開されます。「内閣人事局設置法案」をめぐるバトルですが、これは実際に2014年に実現しています。その成立に至るまでの官僚の抵抗は族議員を巻き込んでの様子がここに描かれていますが、与党、野党の区別なく抵抗勢力があったことがわかろうかというものです。そして、現実的にはこれが安倍政権の安泰と長期政権の礎石となってしまったのですから史実は小説よりも奇なりといったところでしょうか。

 

 小説としての面白みは第4章の「テロ」以降でしょう。アルジェリアの日本大使館がイスラム系アルカイダの武装勢力に占拠され人質話とって立てこもります。まあ、彼らのやることは実際過激で、交渉の最中にも人質が次々と殺されます。このあたりの描写は中山七里とのお得意の分野ですから過激に描写されています。そして、自衛隊の特殊部隊が現地に投入されるという展開になるのですが、この展開は憲法9条の問題もあり、なかなか難しい対応を迫られることになります。何しろ役者の総理大臣ですからねぇ。


 そして、大団円ですが、ここには今までにない展開が用意されています。ミステリーではない中山流の一つの大団円なんでしょう。総じて、小説としておもしろいし、著者一流の筆力に妥当性をなんとなく納得させられてしまう作品です。そして、ほとんど女性が登場しない作品群の中では、異色の作品となっています。