もう一度ベートーヴェン
著者:中山七里
出版:宝島社
司法試験をトップで合格した司法修習生・岬洋介。同じく修習生の天生はひょんなことから彼と親しくなるが、クラシック音楽を避ける岬が実はピアノの天才であると知り、彼の正体に疑問を抱く。そんな折、二人は修習の一環でとある殺人事件の取り調べに立ち会う。凶器から検出された指紋は被害者の妻のもののみで、犯人は彼女しかいないと思われた。しかし岬は無罪の可能性を主張し…。
このベートーヴェンシリーズは「さよならドビュッシー」以前の岬洋介の物語になっています。シリーズものを書くつもりはないという本人の考えのようですが、出版社の要望には答えるということで、どんどんシリーズが膨らんでいきます。ここでは高校時代から一気に司法修習生時代に飛んでいますが、内容的には「どこかでベートーヴェン」の続編にあたります。
目次
第1章 insensiblemente-エトゥッフェ インセンシブルメンテ
〜音を殺して 冷淡に〜
第2章Amarevole lamentand-アマレーヴォレ ラメンタンド
〜苦しげに悲しげに〜
第3章Stretto crescendo-ストレット クレッシェンド
〜緊迫して 次第に強く〜
第4章Espressivo moviendo-エスプレッシヴォ モヴィエンド
〜表情豊かに 変化して〜
第5章Altiero con brio-アルティエロ コン ブリオ
〜誇らしげに 生気に満ちて〜
岬洋介23歳の司法修習生時代の話ということで、途中まで裁判や司法がらみの話オンリーで進んでいきます。今回は同じ修習生の天生なの視点から語られていきます。そしてこの天生もピアニストを目指し挫折を経験しているという設定です。そして、この目線で岬洋介の「悩める天才」の成長物語として話が進んでいきます。ここでは「ミステリよりもヒューマンドラマ」の色合いが濃いストーリーにはなっていますが、いろいろ伏線が張られていて、ちゃんとどんでん返しの結末も用意されています。
そして、岬洋介はショパンコンクールに挑戦する分けですが、この司法修習生時代の天生との出会いが彼を音楽の道に戻すきっかけを作っています。そして、普段知ることのない司法修習生の研修生活もいろいろ垣間見ることができ、彼らがこの研修の中で弁護士、検事、裁判官の道の選択に至ります。司法試験に受かるのは毎年五百人ほどの狭き門で、グループの中には社会人経験の豊富な40過ぎの人や、天生のように3浪して受かる人間もいます。その中で、岬は現役一発でトップ合格しています。
天生も最初は成績優秀な岬に対して良い印象を持っていませんが、寮の部屋が隣同士となったことと研修が同じグループになったことで少しづつ岬のことが理解できるようになります。
洋介と天生は実務でさいたま地検に配属され、検事調べを見学します。二人が担当することになったのは、絵本作家の牧部六郎が妻の日美子に殺害された事件でした。日美子は絵本画家で、夫婦で一緒に仕事をする機会も数多くありました。関係者から六郎が仕事で日美子に厳しく当たっていたという証言が得られていることから、殺害の動機は十分に思えます。ところが、日美子は容疑を否認します。取り調べが進む中で、洋介は日美子の不自然な態度が気になり、彼女の無罪を証明するために動き出します。
そして、これと並行して岬は「全日本ピアノコンクール」に応募し、授業が終わると貸しスタジオに直行する日々を送り、予選を突破、本戦に臨みます。そして、最後は仲間や教官にコンクールの招待状を送ります。まあ、小説ですから結果はわかっていることですが、司法への道の退路を絶ってのコンクールの後のどんでん返しは見事です。
時代的にはこの後、「いつまでもショパン」の話に続きます。