日本のオーケストラを指揮した
世界のマエストロ列伝
著者/野崎正俊
出版/芸術現代社
「戦後カラヤンをはじめとして世界的なマエストロが次々に日本のオーケストラの指揮台に立った。カラヤン以後に活躍した指揮者で来日した経験のない偉大なマエストロは数えるほどしかいない。 (中略) 演奏面からみて日本のオーケストラに決定的な影響を与えた指揮者としては、私見ではN響を指揮したジャン・マルティノン、東京交響楽団を指揮したアルヴィド・ヤンソンス、東京フィルハーモニー交響楽団を指揮したチョン・ミョンフンの三人をあげることが出来る。」---データベース---
この本は2010年に出版されていますが、つい最近存在を知りました。古書店をぶらついていた時、興味深いタイトルなのでついつい目に飛び込んできました。1960年代までは数える程の指揮者しか来日していませんでしたし、ましてや地方都市に住んでいると東京の動向はほとんどわかりません。唯一の情報はテレビではNHKのN響アワー、雑誌ならレコ芸ぐらいでした。そこで知る知識はやはり、もっぱらNHK交響楽団に登場する識者たちです。ローゼンストックとかも過去の人で、リアルタイムではヨーゼフ・カイルベルト、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ロブロ・フォン・マタチッチ、ホルスト・シュタインなんかはよく知っていました。ところがもう日フィルとか読売日本交響楽団なんかは地方では聴く機会もないのでその常任や来日指揮者なんかは蚊帳の外でした。
この本の趣旨は来日指揮者ではなく、日本のオケを降った指揮者ということで著名な指揮者でもそういう実績のないカール・ベーム、レナード・バーンスタイン、ゲオルグ・ショルティ、カルロ・マレア・ジュリーニなどは省かれています。バーンスタインなどPMFには登場していますが純粋な日本のオーケストラではありませんし、作曲家が自作を指揮するためにコンサへとに登場したストラヴィンスキーとかブリテン、ハチャトゥリアンなども覗かれています。
まあ、そういう振るいはありますが、本編で101人、巻末にその他の指揮者として150人が挙げられています。その名前を追うだけでも飽きません。指揮者は生まれ年の古い順に並べられています。一部を列記しても以下のようになります。
フェリックス・ワインガルトナー、パブロ・カザルス、
レオポルド・ストコフスキー、エルネスト・アンセルメ、
ニコライ・マルコ、ヴィットリオ・グイ、
ベルンハルト・パウムガルトナー、マンフレート・グルリット、
シャルル・ミュンシュ、アーサー・フィードラー、
ジョセフ・ローゼンストック、マルコム・サージェント、
ハンス・スワロフスキー、ロヴロ・フォン・マタチッチ、
ハンス・シュミット=イッセルシュテット、オリヴィエロ・デ・ファブリティース、
オイゲン・ヨッフム、アンタル・ドラティ、
ヴィレム・ヴァン・オッテルロー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、
ヨーゼフ・カイルベルト、ジャン・マルティノン、
ヴィルヘルム・シュヒター、ギュンター・ヴァント、
セルジュ・チェリビダッケ、クルト・ザンデルリンク、
イーゴリ・マルケヴィチ、ジャン・フルネ、
コンスタンティン・シルヴェストリ、キリル・コンドラシン、
アルヴィド・ヤンソンス、ピエール・デルヴォー、
ペーター・マーク、ヘルベルト・ケーゲル、
ヴァーツラフ・ノイマン、オトマール・スウィトナー、
ウォルフガング・サヴァリッシュ、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、
ジョルジュ・プレートル、ネヴィル・マリナ、
チャールズ・マッケラス、ピエール・ブーレース、
クルト・マズア、ヘルベルト・ブロムシュテット、
ガリー・ベルティーニ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、
ミヒャエル・ギーレン、ホルスト・シュタイン、
エウゲニ・スヴェトラーノフ、ズデニェク・コシュラー、
アンドレ・プレヴィン、イシュトヴァン・ケルテス、
パーヴォ・ベルグルンド、ハインツ・レークナー、
トマス・シッパーズ、ロリン・マゼール、
ネッロ・サンティ、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
ウラディーミル・フェドセーエフ、
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス、
ロジャー・ノリントン、ゲルト・アルブレヒト、
シャルル・デュトワ、ズビン・メータ、
エリアフ・インバル、デイヴィッド・ジンマン、
ネーメ・ヤルヴィ、ウラディーミル・アシュケナージ、
ドミトリー・キタエンコ、クリストフ・エッシェンバッハ、
ヘスス・ロペス=コボス、エド・デ・ワールト、
リッカルド・ムーティ、ダニエル・バレンボイム、
ローター・ツァグロゼク、マイケル・ティルソン・トーマス、
レナード・スラトキン、レイフ・セゲルスタム、
ジャンルイジ・ジェルメッティ、アレクサンドル・ラザレフ、
...ほか、錚々たる顔ぶれです。
そして、この本のトップに挙げられているのか何とフェリックス・ワインガルトナー(1863-1942)というのがびっくりしました。ワインガルトナーといえば、日本の音楽ファンには録音でしか聴くことが出来ない19世紀生まれの巨匠たちのもっとも古い世代ではないでしょうか。生年月日からいってもトスカニーニ(1867-1957)、ワルター(1876-1962)、フルトヴェングラー(1886-1954)の先輩にあたる人で、しかも作曲家マーラーとは3つしか違わない前時代の人が来日して日本のオーケストラを指揮していたなんて信じられませんでした。
1911年に東京に帝国劇場が開場しています。この劇場は日本で最初の西洋式大劇場でした。この帝劇には、当時世界的なヴァイオリニスト、ミッシャ・エルマン(1891-1967)が1921年に来日し、その後クライスラー、ハイフェッツといった世界的なヴァイオリニストが来日しています。ただ彼らは、ヴァイオリン一丁あればリサイタルが開けます。しかし、こと指揮者となればちゃんとしたオーケストラが存在しないと話になりません。現在のNHK交響楽団の前身である新交響楽団が発足したのが1926年10月で、創立以来の指揮者近衛秀麿に代わってジョセフ・ローゼンストックが常任指揮者として招聘されたのが1936年夏です。そんな時代の1937年に、早くも世界的指揮者ワインガルトナーが新交響楽団の指揮台に立ったのです。
当時ワインガルトナーは既に70歳を超えていて、1928年まで20年に渡ってウィーンフィルの常任を務め、来日直前までウィーン宮廷歌劇場(現ウィーン国立歌劇場)の総監督を務めていました。しかし当時のカルメン夫人がユダヤ人だったこともあり、スイスに移住していました。
来日したワインガルトナーは、1937年5月31日にベートーヴェンの交響曲第5番と第6番、そして女流指揮者でもあったカルメン夫人がレオノーレ序曲第3番を振ったとこの本には記載されています。
後書きの中で、著者は日本のオーケストラにとってターニングポイントとなった指揮者として、ジャン・マルティノン、アルヴィド・ヤンソンス、チョン・ミュンフンをあげています。まあ、これは2010年の時点での評価ということで見たほうがいいのかなとも思います。
とにかく今までにない切り口で指揮者を取り上げていて、年齢順に改めて並べると、あぁこの人はこの世代なのにこの時期に亡くなったのか、もしくはまだ生きているのかなど色々今更ながら感慨に耽りながら眺めることができます。
ただ、一点残念なのは先ほど本編で101人、巻末にその他の指揮者として150人が挙げられていると書きましたがこれは間違いです。本編に登場する「グスタフ・クーン」が巻末にも含まれているからです。こういうイージー・ミスはきちんと校正してもらいたいものです。小生ならはこのクーンの代わりに締め切り間際に日本の紀尾井シンフォニエッタに登場したアントン・ナヌートを入れたいところです。何しろ、バッタもの指揮者といわれたナヌートがその姿を現したのですから、これは衝撃でした。