無 伴 奏
著者 太田忠司
出版 東京創元社 創元推理文庫
父親との反目から実家とほぼ絶縁状態だった元警官の介護士・阿南省吾は、父危篤の報を受けて、二十二年ぶりに帰郷した。彼は、すっかり老いて認知症を患う父の姿に強い衝撃を受ける。あまりにも様変わりした父の口から漏れた信じがたい言葉―「わしが、殺した」とは、何を意味するのか。秘められた過去の謎を軸に、人びとの抱える孤独と家族の絆を鮮やかに描き出した傑作ミステリ。---データベース---
ここで登場する阿南は作品ごとに職業が違います。太田忠司氏の作品リストにはこの阿南シリーズは4作品がリストアップされています。もともとは違う出版社から刊行されていましたが、2011年にこの「無伴奏」が出版されるにあたり、東京創元社から「創元推理文庫」として旧作がまとめて文庫化されました。その作品は、
刑事失格 / 2011年4月 創元推理文庫)
Jの少女たち / 2011年5月 創元推理文庫)
天国の破片 / 2011年6月 創元推理文庫)
というものです。しかし、それだけではなく太田忠司氏の作品においては私立探偵の藤森涼子シリーズや高校生探偵甘栗晃シリーズにも登場しています。
そして、この作品は今の所阿南シリーズの最新作という位置付けです。彼の人となりはあまり明らかにされてきませんでしたが、この作品でようやく彼の家族が登場します。もともと静岡の出身ということだけはわかっていて、最初の勤務地がお隣の愛知県豊橋市の交番であったことは以前から知っていました。その後名古屋市西区で工場員、コンビニ店員などを経て、ここでは岐阜で介護福祉士として働いています。その彼が実家の浜松に向かい父親と対面します。そして、父親は認知症を患っていて、姉と弟夫婦が父親の面倒を見ているという設定です。
ただ、田舎ということで世間体を気にして介護保険や介護士の世話になることを拒み、体の自由がきかない姉が一身に父親の面倒を見ている現実に、自身も介護士という仕事をしていることで家族と介護のあり方の現実に戸惑う様子が淡々と描かれていきます。
しかし、それだけではミステリーとはなりませんが、そこに学生時代の同級生が登場し、さらに父親が「あの日、五枚橋で殺した」という言葉を聞いて愕然とし、五枚橋の下に転がった母と父の名前が書かれた石仏を見つけたりします。そして、過去に箸で起きた事件と母の秘密を知ったり、さらに、甥っ子・渉の担任・三隅と、同級生の姉・菜摘が失踪という事件に首を突っ込み、さらに、高校の同級生梢と再会したことでミステリーが思わぬ方向へ展開していきます。
ミステリーとしては静かにいろいろなことが展開していきますが、ここでも過去の作品に登場した藤森涼子の育ての親とでもいうべき一宮が登場します。そういう同時代進行的な複数の作品との絡みもでできて、なかなか味わい深い作品になっています。
ストーリー自体は阿南自身が探偵でも警察官でもないことで遠回り的な展開ですが、見事殺人事件も解決して大団円を迎えます。介護を通した人情ものや、介護現場の現実を書いたお仕事小説としても楽しめます。ただ、40台も半ばの阿南はこの小説でも「無伴奏」のごとく独り身です。
自作あたりでは良き伴侶が見つかるのでしょうかねぇ。太田忠司ワールドの本流の作品として一読をオススメします。