マエストロ、それはムリですよ | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

マエストロ、それはムリですよ
飯森範親と山形交響楽団
 

監修 飯森範親

取材・構成 松井信之

出版 ヤマハ・ミュージック・メディア

 

 

 「いわゆる地方オーケストラの一つ」などと評されるに過ぎなかった山形交響楽団。ところが最近、その山響がとにかく熱い!着実に観客動員数を伸ばし、さまざまな取り組みによって東京や他の地方楽団から“お手本”と目されるようなオーケストラに変貌した。その改革を先陣切って進めていったのが、音楽監督である指揮者・飯森範親である。旧来の発想に安住していた楽団員や事務局に「それはムリですよ…」と言われ続けながらも、飯森は手綱を握り走り続けた。その改革の中身とは・・・?---デーダベース---

 

 このマエストロ、飯森範親氏は2020年4月より、地元の中部フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者に就任しています。それまでは中部地方とはあまり縁が深くなかったのでもっぱら音楽雑誌での批評でその名前を聞くばかりでした。2008年にアニフェス財団が製作した「日本のオーケストラ2008」のベートーヴェン小瀬の中にこの飯森範親/山形交響楽団のベートーヴェン交響曲第4番の第3、四楽章が収録されていて、それでこのオケの実力の一端は承知していました。また、昨年愛知オーケストラフェイティバル2021で氏の指揮ぶりに接し、規模的にもこの山形交響楽団と同じ中部フィルから堂々としたチャイコフスキーの響きを引き出していたことに少々驚いた記憶があるので、この本を読んで、そのイメージを追認した次第です。

 

 音楽家と言えば、演劇人以上にアーティスト志向が強いイメージがありますが、飯森氏は「音楽家は、サービス業です」と公言し、「だって、どんなに完璧な演奏をしたって、ホールにお客さまがいなかったら意味ないでしょう?」と語ります。こうしたポリシーを掲げる指揮者はほとんどいないようにおもいますが、そうした思いから生まれる指揮者によるプレトークや、開演時の楽団員が一斉に登場し、コンマスの登場まで全員起立したまま待つというスタイルもそういうアプローチの表れなんでしょう。

 

 この本のタイトルでもある飯森氏が掲げた改革案の中で、どうしても無理だと思われたのが、オペラ上演とCDの大量リリースでした。。しかし、、前者は新たな合唱団編成で現実に近づき、後者も山響自身が原盤権を持つレーベル「YSO live」を創設することで、2006年から着々とリリースを増やし、近年に至ってはエクストンレーベルから2007年から始まった飯森範親と山形交響楽団によるモーツァルト交響曲全集を完成しています。計画がスタートした2004年当時、クラシックのプライベートレーベルを持つ日本のオーケストラはなく、世界でもベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やロンドン交響楽団ぐらいだったと記憶していますからこれは画期的な出来事でした。


 さて、この本の章立てです。


【内容】
第1章 飯森範親と山響の出会い
第2章 新しいボスがやってきた
第3章 しなやかな発想と大胆な行動
第4章 もっと山響が聴きたい
第5章 飯森範親“極私的”インタビュー

 

 多分映画ファンならご記憶があると思いますが、映画「おくりびと」の始めの方のシーンで本木雅弘扮する主人公がチェロ奏者として所属するオーケストラが、ベートーベンの第九を演奏しているシーンがあります。そこでタクトを振っているのが本書の「マエストロ」、飯森範親氏でした。また、この飯森範親しも「のだめカンタービレ」を裏からサポートしていた一人です。

 

 

 地方オーケストラの中でその初期から耳にしていたのは群馬交響楽団です。何しろ終戦の年に産声をあげています。その中にあって山形交響楽団は、1972年創立の言ってしまえばよくある地方の貧乏オケでした。このオケの担当者が、ダメ元で飯森氏に常任指揮者就任をお願いすると、意外にも受諾されます。受けてくれないと思っていたと担当者が吐露すると、飯森氏は、そんな気持ちで頼みに来たんですとか言って担当者をあせらせます。地方オケの劣等意識が強かったんでしょうなぁ。


 飯森氏はそれ以前に、客演指揮者としてこのオーケストラを指揮したことがありました。常任指揮者が交代時期を迎え、メンバーに次の常任指揮者の希望をアンケートしたところ、オケのメンバーの多くが飯森氏のことを、「売れっ子なので多分無理だと思うけれど、常任指揮者になってくれたらうれしい」と思っていました。

 飯森氏には、先入見というものがありません。必要と思ったことは、実現に向け出来る限り努力する、勝手に限界を設定しない、そんな考え方です。そのため、このオケを引き受けるに当たっていろいろ注文をつけます。

 このオケは貧乏なので、オケのプロフィールを紹介するパンフレットが無く、パソコンで印字したような楽団紹介しかありませんでした。それではダメだ、パンフはキチンと作ろうと。そんなことからマエストロ自らが提案し、実行させます。


 まぁ、こんなことで音楽面だけでなく、オケのプロデュースにもその才能を如何なく発揮していきます。マエストロは次から次へと改善提案を繰り出します。先に紹介した指揮者自ら、観客との対話の場を企画したのもその一つです。地元のサッカーのクラブとも連携していきます。

 

 今では飯森氏は桂冠指揮者となり立ち位置が変わりました。2023年からは前掲の群馬交響楽団の常任指揮者に就任予定です。飯森マジックは群馬でも花開くのでしょうか?楽しみです。