闇の掟
公事宿事件書留帳1
著者:澤田ふじ子
出版:幻冬社 幻冬舎文庫
京都東町奉行所同心組頭の家に長男として生まれながら、訳あって公事宿(訴訟人専用旅籠)「鯉屋」に居候する田村菊太郎。京都の四季の風物を背景に、人の心の闇に迫る菊太郎の活躍を追う時代小説シリーズの第一作。---データベース---
これは2002年から2007年にかけて放送されたNHK時代劇ドラマ「はんなり菊太郎」の原作になります。ただ、当時はまだ時代劇には興味がなくドラマも見ていません。この澤田ふじ子さんの小説の特徴は舞台が江戸ではなく当時の京都である点です。その現代の司法書士や弁護士的な仕事を兼ねた宿屋「公事宿」が舞台、というのが目新しく、主人公が抱える屈折も、人間的に魅力が感じられます。江戸は公事宿が馬喰町のあたりに固まっていましたが、京都は二条城南の御池通から、姉工事、三条通りにかけて南北に走る大宮通り沿いに軒を連ねていました。
上の図ではShinsenenという文字の書かれたあたりに京都東町奉行所がありました。そして、舞台となった公事宿「鯉屋」は大宮通りの文字あたりでしょう。そして、この大宮通りを南に下っていけば京都の岡場所島原があります。.
公事宿とは、今で言うと宿付き、民事専門の法律事務所てとこです。裁くのは町奉行ですが、訴人は長逗留せざるをえませんでした。その鯉屋に居候を決め込んでいるのが主人公の田村菊太郎です。菊太郎は京都東町奉行所同心組頭の弟銕藏や鯉屋の主源十郎、お百という猫ちゃんなどに囲まれて京都の四季や風物を背景に人の心の闇に迫る活躍をします。この御仁、見目よく、頭脳明晰、剣の腕もたち、且つ放蕩した過去もあり、と絵に描いたような時代小説の主人公という設定です。その初巻の目次は次のようになっています。
火札
闇の掟
夜の橋
ばけの皮
年末の始末
仇討ち話
梅雨の蛍
これらの作品は、小説Cityに1990年06月号から1991年06月号にかけて掲載されたものです。このシリーズ結構人気がのシリーズのようで、2015年までに22巻のシリーズとなっています。シリーズ第1弾とあって登場人物の背景が細かく記述されています。本来なら家長の田村菊太郎は京都東町奉行所同心組頭の食を継ぐことになるのですが、自らの出自を鑑みて、それを次男に譲ります。その禅譲の仕方が粋で、放蕩息子のふりをして出奔し、地方を転々としながら人生の喜怒哀楽を経験し、今日に戻ってきます。そして、表面上は公事宿の用心棒に収まりながら「鯉屋」を助けてなおかつ弟を援助します。
奉行所勤ではないのでかなり自由に振る舞え、事件解決のためには刀を抜いてでも悪を正します。こういうところがかっこいいんでしょうなぁ。まあ、この本は何度もぶんこかされていて、この幻冬社版は藤田昌司氏の解説に各話のあらすじも掲載されていますからここでは書きませんが、この間でこの物語の舞台は大まかに説明されています。そういうシリーズには欠かせない1巻ですから是非ともお目通しをしておいたほうがいいでしょう。ストーリーのしのプスは下記のようになっています。
「火札」放火犯人の兄の無実を晴らす
「闇の掟」公事宿組合の竹生島旅行で起きた殺人
「夜の橋」賀茂川の水死体事件
「ばけの皮」養育費目当てで多くの貰い子の殺人
「年始の始末」手代の喜六の姉の濡れ衣
「仇討ばなし」菊太郎の恩人大垣藩浪人森丘佐一郎の救済
「梅雨の蛍」鯉屋の隠居と京都の公家の娘の救出に奔走
といったところでか。沢田作品にはよく岐阜の大垣藩が登場します。ここでも「仇討ばなし」の背景がその大垣藩担っています。ただ、最初は大垣藩の留守居役から仇討ちの為にと寸志を受け取っていますが、この留守居役、のちの東町奉行所の問い合わせには浪人森丘佐一郎など大垣藩にはいないとあしらっています。明らかに話が違う矛盾があるにもかかわらずストーリーが展開していくのはちよっとストーリーの詰めが甘いなぁと思ってしまう部分もあります。
小説の所々には尾形光琳や伊藤若冲の絵、松村呉春の朝顔図などの美術品も登場するという細かい配慮が伺え、作品に品を与えています。なかなか、読み応えのあるシリーズでしばらくは追いかけて見ます。