辻 真先のテレビアニメ道
辻 真先
立東社
日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』『エイトマン』からキャリアをスタートして60余年、常にアニメの現場で活躍してきた著者だからこそ語れる名作群の創作エピソードの数々。---データベース---
辻真先氏の名前は何故かSFと関連して知ったような気がします。それというのも、「鉄腕アトム」や「エイトマン」、「スーパージェッター」、「宇宙少年ソラン」といった1960年台前半のSFアニメの大半の作品に関与していたからでしょう。
日本アニメ史を語る上で欠かせないのが1963年1月1日放送開始の日本初の国産テレビアニメ「鉄腕アトム 」でしょう。当時、東映という大企業でも一本のアニメ制作に1年2年かかると言われていた時代に独立プロである「虫プロ」が毎週30分のアニメを1年(52本)続けるというのは無謀としか言いようがありませんでした。しかし、その無謀な試みをあらゆる創意工夫をこらして実現したおかげで他社も追随し、日本がアニメ大国になった基礎を作った作品でもあります。
著者もこの「鉄腕アトム」に携わり、「エイトマン 」を経てそこからアニメの脚本家として道が拓けたワケだから本人にとっても思いでの作品でしょう。この本の末尾には虫プロの一角で豊田有恒氏と机を並べている写真が掲載されています。
近年でも推理小説作家としての腕を買われて「名探偵コナン 」の脚本を手掛けるなどその数は優に1500~2000本と言われており、まさに日本アニメの生き字引的な存在と言えるでしょう。90歳を超えた現在でも放送中の「ルパン3世」第6シリーズでも脚本を書いています。
さて、この本の構成です。
目次
CHAPTER1 テレビの原野からアニメの荒野へ
読者のあなたにご挨拶
シナリオ修行を振り出しに
テレビとはなんですか
昔むかしのテレビの制作風景
映像には言語があり文法がある
シナリオの読者は誰だろう
絵にしにくい素材を絵にした例
映画とテレビ技法の齟齬
毎週オンエアしようという非常識
非常識が常識なのだ
やがてアニメの世界に入った
CHAPTER2 第1話専用脚本家として
『ジャングル大帝』
『ゲゲゲの鬼太郎』
『もーれつア太郎』
『アタックNo.1』
『タイガーマスク』
『サザエさん』
『キックの鬼』
『東映魔女っ子シリーズ』
『デビルマン』
『ドロロンえん魔くん』
『キューティーハニー』
『ミクロイドS』
『一休さん』
『超電磁ロボ コン・バトラーV』
『アローエンブレム グランプリの鷹』
『ジェッターマルス』
『キャプテンフューチャー』
『ハニーハニーのすてきな冒険』
『Dr.スランプ アラレちゃん』
『パタリロ! 』
『巨神ゴーグ』
CHAPTER3 アニメこぼれ話 あふれ話
『オバケのQ太郎』
『冒険ガボテン島』
『巨人の星』
『サイボーグ009』
『ドラえもん』
『バンパイヤ』
『おじゃまんが山田くん』
CHAPTER4 アニメの昨日・今日・明日
ぼくの昨日とアニメ
ぼくの今日とアニメ
ぼくの明日とアニメ
まえがき 綿引勝美
シナリオ特別収録 『巨神ゴーグ』第1話
『鉄腕アトム』「夢みる機械」の巻のために手塚治虫が描いた絵コンテ案
辻真先 思い出アルバム
スペシャルインタビュー 安彦良和
『巨神ゴーグ』で目の当たりにした、辻真先さんの間口の広さ
あとがきにかえて 綿引勝美
本書は60数年日本アニメに携わってきた辻氏の回想録です。テレビアニメ勃興期から氏を知る小生としては本書で語られる辻さんのエピソードの1つ1つが日本アニメ史そのものを語っています。氏のすごいところはその速書きのレベルです。脚本家として、話を聞きながらその作品のエピソードの一話分を30分足らずで書き上げてしまう能力です。
昭和40年代に入るとテレビアニメがどんどん量産され、辻の活躍の場が広げられ、いつしか辻もメインライターとして活躍するのだが、現在のアニメと違ってシリーズ構成もなく見切り発車の状態で作品の肝となる第1話を任されてきただけにいろんなエピソードが紹介されている。
そんな中でもCHAPTER2で語られる第一話専用脚本家としての氏の能力でしょう。ここで登場する作品はそれこそ多岐の分野にまたがっています。それらの脚本の第一話という一番要になる部分を任せられているということはそれだけ信用が厚いということでしょうし、幅広い見識がなければ対応できないことでしょう。冒頭の「ジャングル大帝」などはレオの旅立ちまでを描いていますが、そこに至るエピソードをそぎ落とすことからスタートし、沈没船からアフリカ大陸に向かって泳ぐまでの流れをいかに破綻なく見せるかという腐心について書かれています。個人的にはこの部分のストーリーを朝日ソノラマの「フォノシート」で所有していますから、なるほどそうやって凝縮されたんだということを再度納得させられました。
また、「デビルマン」のエピソードで原作とテレビ制作が同時進行であったのでオリジナルのエピソードを作るしかなく、1話完結で毎回敵役である妖獣と対決する形式を取り、原作者である永井豪の描いた妖獣を見てイメージを膨らませながら物語を作っていたというから驚きです。視聴者としては雑誌連載の漫画とはまた違うストーリーを楽しめたということでしょう。小説家としてのストーリーテラーの才能がしっかり生かされています。
1980年代になると「Dr.スランプ アラレちゃん 」や「 パタリロ 」を手掛けていますが、原作の持つギャグのセンスについていくのが大変だったようです。それまで「オバケのQ太郎 」、「 もーれつア太郎 」「 天才バカボン」といったギャクアニメを手掛けてきたものの「アラレちゃん」や「パタリロ」はこれまでのアニメとは異なった感覚を持っていたアニメだったので辻氏自身も当時はアラフィフであっただけに苦労したことが書かれています。
2019年に「第23回日本ミステリー文学大賞」を受賞し推理作家として活躍の場を広げていますが、アニメにも深く関わる氏は、近年海外に日本のアニメの技術が流出されていく事に懸念されています。
この本はそういったアニメの世界で脚本家として活躍し、これからの日本アニメの未来を支える人たちに向けての辻さんのエール本でもあります。