ルネ・ヤーコプス指揮/ モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 | geezenstacの森

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ルネ・ヤーコプス/Concert Koln 

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」

 

曲目/

モーツァルト:『フィガロの結婚』全曲
 

演奏/

アルマヴィーヴァ伯爵:サイモン・キーンリーサイド
伯爵夫人:ヴェロニク・ジャンス
スザンナ:パトリツィア・チオーフィ
フィガロ:ロレンツォ・レガッツォ
ケルビーノ:アンジェリカ・キルヒシュラーガー
マルチェッリーナ:マリー・マクローリン
ドン・バジーリオ:コビー・ヴァン・レンズブルク
バルトロ,アントーニオ:アントーニオ・アベーテ

合唱:コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
ピアノフォルテ:ニコラウ・デ・フィゲイレド

指揮:ルネ・ヤーコプス
管弦楽:コンチェルト・ケルン

録音:2003年4月 ケルン、シュトルベルガーザール

 

 

 この録音は2003年に非常に話題になったもので、2004年のグラミー賞のレコード・オブ・ザ・イヤーをそして、ル・モンド賞も受賞しています。「フィガロの結婚」はモーツァルトの数あるオペラの中でもひときわ魅力的です。親しみやすいアリアが多く、フィガロの「もう飛び回ることも出来ないぞ、かわいい蝶々よ」、ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」、スザンナと伯爵夫人の手紙の二重唱「そよ風によせて」などなど、つい口ずさみたくなるメロディが散りばめられています。

 

 実はこのCD、ワクチン発熱でぼーっとしている時CD整理を兼ねてチェックしていた時に発見しました。手元にあるのはオリジナルのものではなく、仏ハルモニアムンディのボックスセット「啓蒙主義の時代 - 18世紀の音楽 (LUMIERES - Music of the ENLIGHTENMENT / The Music of 18th century)」というものの中に収録されていたものです。

 

 

 こういうボックスセットですな。この中の18-20枚目がこのヤーコプスの「フィガロの結婚」でした。歌詞対訳はブックレットではついていませんが、CD-ROMに仏、英、伊、独の4ヶ国語で日本語はありませんが収録されています。この「フィガロの結婚」はクイケン盤やムーティの演奏を所有していますが、多分これが今のところ一番面白いような気がします。下は実際の公演の映像です。指揮姿は大して面白いものではありませんが、紡ぎ出される音は鮮烈です。

 

 

 ということで、オペラはスタートします。

 

 

 ヤーコプスのアプローチはもちろんピリオド楽器としての演奏ですが、オーケストラの編成の小ささをものともしないダイナミックな演奏で、序曲からびっくりさせられてしまいます。テンポは幾分速めで、アクセントを効かせながら小気味よく走り抜けます。ムーティのグランド・オペラ式の演奏とは大分装いが異なり、クイケンよりもより鮮烈なヤーコプスのアプローチは、清新なロマンティシズムを生み出すことを主眼に置いていて、ぐいぐいとドラマに引き込まれます。

 

 

 このオペラはタイトル通り、「フィガロの結婚」を描いている訳ですが、実際の舞台では少しも若くない女性陣が歌うというギャップをどうしても感じてしまいます。しかし、純粋に音楽だけだとそういうマイナス要素は含まれません。こういう点がレコードなり、CDの利点でしょう。歌手陣は総体的にやや地味ですが、中ではキーンリーサイド(伯爵)とキルヒシュラーガー(ケルビーノ)が傑出しています。後者は、恋の熱に浮かされ半ば狂乱状態になっているケルビーノを鮮やかに体現しており、とりわけ、第2幕第2場「恋とはなんでしょう」では、アリエッタの後半に即興的な装飾を加え、感情が狂おしく昂ぶる様を自然に表しているのを聴き取ることができます。このディスクでは、レチタティーボをチェンバロではなくフォルテ・ピアノで演奏していてその古色蒼然たる響きとともに装飾唱法が試みられていて、そういう演出にも惹かれます。

 

 

 それにしても登場人物の笑い、恐れ、怒り、うろたえなど、心の“あや”まで描き分けてしまうモーツァルトの音楽にはホレボレしてしまいます。芝居で言うなら、豪華な舞台装置をバックに名だたる名優が得意の演目で各々見せ場を作るというよりも、野外劇場で若手実力派の役者たちがスッピンと普段着で、役柄を等身大的に生き生きと演じている感じがいいですなぁ。手堅く豪華な歌手陣は、下手に個性を押し出すようなことはせず、絶妙にスター性を薄め、伯爵邸で繰り広げられるドラマに、リアリティをもたらし、思いの外、スタイリッシュ!また、上質にして、どこか均質でもある主要キャストの歌声が、このオペラの醍醐味であるアンサンブルをこれ以上無く輝かせ、圧倒的な面白さです。

 

 

 第4幕などその最たるもの。ドタバタのなかにも音楽が繊細に移ります。とくに大円団、浮気がばれて謝罪する伯爵、続くそれを許す伯爵夫人の歌は、人間が書いた音楽でこれほど愛に満ちた旋律はないのでは、と思うくらい感動的です。

 

 古楽器の演奏ながら、ヤーコプスの指揮は結構シンフォニックで、当世風のオペラ・ブッファに比べると、かなりゴツい印象もあるのだけれど、そのあたりを、引いたり、抑えたり、時折、擽ったりしながら、モーツァルトの確かな音楽を、リアルな人間の呼吸に昇華してゆくヤーコプス響きに舌を巻くばかりです。その魔法を見事に響かせるコンチェルト・ケルンの演奏も縦横無尽で、交響曲のようにガッツリ鳴らしたかと思えば、軽やかに情景を紡ぎ出し、その表情の豊かさに魅了されます。