カイルベルトの「英雄」
曲目/ベートーヴェン
交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
1.第1楽章 15:10
2.第2楽章 14:46
3.第3楽章 5:59
4.第4楽章 11:5
5.フィデリオ序曲Op.72* 6:12
6.コリオラン序曲Op.62* 8:12
7.アテネの廃墟序曲Op.113 5:21
8.トルコ行進曲 1:37
ヨーゼフ・カイルベルト
ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団
バンベルク交響楽団*
P:不詳
E:不詳
録音:1957,1961*
TELDEC 8.44071
カイルベルトは学生時代によく聴いた指揮者です。当時はNHK交響楽団に客演し、またバンベルク交響楽団を率いて来日もしていまし。風貌は田舎の親父さんと言った風情でしたが、そこから醸し出される音楽は重厚で古き良きドイツ音楽を無骨ながら伝えてくれていました。テレビで放映されたバンベルク響とのドヴォルザークの新世界なんかは珍しいレパートリーで非常に土臭い演奏だったのを今でもよく覚えています。
さて、余談はさておきカイルベルトの「英雄」です。残念ながらカイルベルトはまとまった形でのベートーヴェンの交響曲を残してはくれなませんでしたが、この3番は古いながらもステレオで残してくれました。そして、ここで聴かせる英雄はどっしりとした構成の中に陰影をはっきり刻み込んだ彼の代表的名演といえる出来です。初っぱなの気合のこもった2つの和音に続き、やや引きずるように弦の合奏がテンポを刻みますが、いつの間にか快調なアレグロ・コンブリオに突き進んでいきます。遅すぎず速すぎず、絶妙にテンポを揺らし曲を盛り上げていきます。展開部途中、フルートなどにルバートがかかり微妙なテンポの変化が曲想にぴったりマッチしており、全く不自然さを感じさせません。
テレフンケンの録音はホールトーンをたっぷりとったもので、各楽器の分離はいささかはっきりしないのですが全体に程よく混じりあい、かといって芯がぼやけたものではないので力強いサウンドに仕上がっています。しかし、再現部でトランペットに第1主題が表れる部分などはやけにクローズアップされています。そして長大なコーダの最後、問題になることの多いトランペットの旋律ですが、カイルベルトはここではあまり強調はしないもののスコア通りに吹かせています。しかし、このコーダの部分それまでとややバランスが違い音が曇りがちになるのがやや難点なのですが演奏的にはドラマチックに盛り上がっています。
続く第2楽章はやや速めのテンポで開始されます。最初はやや物足りなさを感じなくもないが、曲が進むにつれ不満も消し飛んでしまいます。展開部でのホルンの力強い響きなど非常にドラマチックに仕上がっていて、意外にもここではカイルベルトはかなりスコアをいじって劇性の高揚を計っていることが伺い知れます。いつもはスコアに忠実なアンセルメもこの2楽章だけはトランペットを強調したりしてディフォルメさせていましたが、それほどベートーヴェンの葬送行進曲が感情移入させやすい音楽になっているのかも。終わり付近の弱音部も、極端に弱音にしたりせず、常に響きの充実が保たれています。ここではあまりテンポを動かしたりはしていないのですが、曲の劇的な悲劇性が充分に伝わってくる演奏に仕上がっています。
第3楽章のスケルツォではトリオのホルン三重奏が聴き物なのですが、思いのほか押さえたバランスでの演奏となっておりやや期待はずれの感があります。しかし、この演奏の最大の聴き所は何といっても第4楽章でしょう。短い序奏の後、ピチカートで主題が奏されますが、木管が加わるところではなぜか弦がアルコ(通常通り弦を使っての奏法)に変更されているのです。その後もティンパニの追加など、随所で独特のスコア改変を聴くことが出来ます。また、変奏部分に入っても、短調になった途端にスコアにはないルフトパウゼが入ったりと一瞬たりとも聴き逃せない演奏です。
素晴らしいのは重量感のある低弦の鳴りっぷりに加えて、かなりテンポを細かく動かしロマン的表情づけをしながらそれを感じさせない点です。また、朗々とホルンを響かせ素晴らしい盛り上がりを見せるアンダンテの部分を経てコーダに入りますが、その前の部分の低弦のリズムのアクセントの扱いにははっとさせられます。このコーダでは豪快なホルンが聴き物ですが、最後に僅かにアッチェルランドがかかり、オケの重厚な響きの中大団円に達します。ただ、録音がこの部分だけまたしてもバランスが悪くティンパニの強打などは音がひずんでやや聴くに絶えないのが残念です。名演だけに惜しい仕上がりです。細かく検証するとかなりスコアの改変があるのですが、聴こえてくるサウンドは「英雄」以外の何者でもなくカイルベルトの巧い演出に乗せられてしまいます。60歳での早死にが惜しまれますなぁ。
手持ちのCDでカップリングされている「フィデリオ」序曲では、ちょっと曇りがちですがティンパニの豪快な鳴りっぷりが爽快です。しかし、ハンブルクに比べてバンベルクは弦がやや薄い響きで惜しまれます。
「コリオラン序曲」は低弦にバランスを置いた力強いサウンド作りがされていてなかなか聴かせてくれます。惜しむらくは音が平板で中央の音が抜けてしまっていて全体としての音の厚みが不足しています。演奏は晴らしいのでデッドな録音がいささかもったいないところです。
「アテネの廃墟」はまたハンブルクとの演奏ですがこちらの方がバランスは良好です。演奏は一級品でこの曲の魅力を改めて感じさせてくれる劇的表現に溢れた仕上がりとなっています。こちらのほうが交響曲に比べて弦がキンキンしなくて聴きやすいようです。
さて「トルコ行進曲」という珍しい作品も含まれています。小学生でも知っているほど有名なこの曲ですが、管弦楽版の録音は以外に数少ないのではないでしょうか?小生も他にはオーマンディ盤ぐらいしか所有していません。演奏は極めてオーソドックスでこの曲ばかりはテンポを揺らすことなくインテンポで演奏しています。オーマンディに比べればやや渋い仕上がりになっているのはオーケストラの質の所為でしょうなぁ。