ウィーンフィル 音と響きの秘密 | geezenstacの森

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ウィーンフィル 音と響きの秘密

 

著者:中野 雄

出版:文藝春秋 文春新書

 

 160年にわたる時代の試練を乗り越えて造り上げられたウィーン・フィルの黄金の響き―マーラー、フルトヴェングラーなど、幾多の指揮者たちとの“音の戦い”によって鍛えられたこの音色は、小沢征爾のウィーン国立歌劇場音楽監督就任によって、その歴史に新たな一頁が付け加えられようとしている。 ---データベース---

 

 

 冒頭、レオポルド・ハーガーの指揮するウイーンフィルを聞いて著書が感動する中、ウィーンフィルコンマス、ライナー・キュッヒル「良い指揮者とは、私達の音楽を邪魔しない指揮者」ということで切り捨てるシーンが登場します。これぞ、常任指揮者を持たないオーケストラの極意でしょう。古今東西の著名指揮者と共演を重ねてきたこのオーケストラは、自分たちの演奏スタイルをしっかり持っている珍しいオーケストラなのでしょう。

 

 彼らの本業は、ウィーン国立歌劇場のオーケストラピットです。その息抜きが自主運営のウィーンフィルなのです。そして、それをまとめるのがコンサートマスターであり、運営事務局の長なのです。

 

 ここでは、ウィーン・フィルのメンバーへのインタビューの積み重ねと、著者の音楽プロデューサーとしての体験を織り重ねて紡いだ精緻な音楽論が展開されています。その事務局長を長らく勤めたフューブナー氏が頻繁に顔を出します。曰く、

・ウィーンフィルの楽器は一部除き団所有。

・ピッチは445Hz、これがウィーンフィルの響きの原点、ロリン・マゼールが3年で国立歌劇場の音楽監督をやめたのは、絶対音感を持つロリン・マゼールに気持ち悪がられたから。

・国立歌劇場の奏者の中から適正のあった人がウィーンフィルに参加できる。音楽性、人間性、協調性。

 

そして、こう語ります。

 

−−「譜面のAとEが縦一列に印刷されているからといって、それを正確に合わせて弾かなければならないなんて、誰が言い出したことだろうね。日本とかアメリカの音楽家で、そういう機械的(メカニック)な正確さを追うことが音楽なんだみたいな教育を受けて来た人が多いような気がするけれど。解りやすい例を挙げれば、ヨハン・シュトラウスの作ったワルツのリズムなんだけど、われわれの演奏では二拍目が微妙に長くなります。それがウィンナー・ワルツの特色なんだし、君たちもそれを体験したくてニューイヤー・コンサートに来るわけでしょう。楽譜には四部音符が三個並んでいだけです。でも、あれを楽譜に忠実に弾いたら、ウィンナー・ワルツにはならない。ヨハン・シュトラウスの音楽にはなりません。楽譜には忠実だけど、音楽的には誤りです。

 

 この本では氏が音楽プロデューサーでもあったことから歴代コンマスについても語られています。面白いエピソードは、

ロゼーがクライスラーのオーディションを落とした話、
シュナイダーハンはユダヤ系だったためにナチスに追われた。
バリリがその後を継いで一時代を築く。バリリは異様な練習好きで、ベートーヴェンの弦楽四重奏全曲を残す。

ボスコフスキーはニューイヤー・コンサートをコンマスをやめてからも指揮し続けた。
ワルター・ヴェラーは才能に恵まれるも、指揮者転向。惜しまれる。
ゲアハルト・ヘッツェルの後、ライナー・キュッヒルが現在に引き継ぐ。


 又、ウィーン・フィルの指揮台に立った過去の大指揮者たちの肖像についての記述も興味深いエピソードが紹介されています。練習ぎらいのクナッパーツブッシュは戦後このオーケストラに復帰した時、旧知のメンバーが多くいたことから、リハーサルはせずにそのまま帰ってしまったとか、カール・ベームがカリスマ的な人気があったのに、その影響力は現役の時のみと冷めた評価をされていること、帝王カラヤンと呼ばれた人は、実は独裁者ではなかったらしい、反対にショルティがウィーンフィルに音の出だしを会わせようと猛特訓して、反感を買ったとの当事者らしいエピソードが綴られます。

 

 また、アメリカのオーケストラの合理的な運営に対しても、その金太郎飴的な音作りは伝統のない国の致命的な欠陥という指摘や、これは小生も感じていたことなのですが、シャイーが振るようになってからコンセルトヘボウの音が変わってしまったのは、コントラバスの運弓がフランス式に変わったからだという指摘も納得がいきます。そのコンセルトヘボウ、ザンデルリンクが客演した時のブルックナーの響きは最高だったという記述になんとなく同感を覚えます。

 まあ、ウィーンフィルは毎年のように来日していますから、その響きは実際に体験することができます。今年はムーティが率いてくるようですからこれも楽しみです。

 

 そうそう、我が家にはこの本でもベタ誉めのワルター・ウェラーの引きいた四重奏団の演奏したレコードが眠っていますから、たまには聴いて見ることにします。