戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦 | geezenstacの森

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戦争交響楽 

音楽家たちの第二次世界大戦

 

著者:中山右介

出版:朝日新聞出版 朝日新書

 

 クラシック音楽の本場ドイツに誕生したヒトラー政権。多くの音楽家たちはその時代に翻弄されることになる。独裁体制から逃れるために亡命した人、一方で祖国に留まり政権の宣伝塔となった人…。ドイツ陣営、非ドイツ陣営に二分された音楽家約100人による錯綜する幾重もの物語。---データベース---

 

 

 世の中に第二次世界大戦を扱った読み物というのはたくさんありますが、それらのほとんどは為政者サイドに立った読み物であって、こと音楽に関して焦点を絞った本はこれが初めてではないでしょうか。ここでは、ナチスの台頭に合わせてドイツ国内で活躍したフルトヴェングラーやカラヤンを中心に、カールベーム、クナッパーツブッシュ、クレメンスクラウス、などのドイツ国内で活躍した指揮者の時系列的な動きを追って戦争とリンクしながら描いています。そして、ファシズム、ユダヤ人排斥に反対した立場の指揮者として、トスカニーニとワルターが取り上げられ、それらの対立軸を時間軸に沿って淡々と語られていきます。

 

この本を読むと、いかにフルトヴェングラーやカラヤンがナチスに協力していたかが分かろうかというものです。またそれより、若いカラヤンがアーヘンからベルリンに主軸を移そうとする中でフルトヴェングラーとの対立していく様が描かれています。

 

 この本では、戦争の本質と言うものはほとんど描かれていません。ヒットラー、その右腕のゲッペルスらとドイツの音楽家の行動が中心に描かれています。

 

 また、この本では、戦争に巻き込まれた多くの音楽家の当時の様子が描かれています。ほとんど名前の知られていない音楽家も含まれますが、彼らの戦争との関わり方がよくわかる記述になっています。映画にもなった「戦場のピアニスト」に登場するシュピルマンや、ショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」の成立から演奏への経緯も非常に詳しく描かれています。

 

 資料が多く残っているとの視点で、主人公たるフルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、カラヤンが軸の本書。その多くはいつどこでどんな演奏を行ったかという事実の列記なのですが、その淡々とした記述がその重みを物語ります。あまりに政治音痴で音楽バカでナチスに利用され尽くされたフルトヴェングラー。その無防備さは悲しいものがあり、状況によっては騙されることも罪といえるでしょう。彼と鋭く対立するトスカニーニとワルター。フルトヴェングラーに警戒され不遇のカラヤン。ですが、カラヤンは戦後それを利用して帝王にのし上がって行きます。そんな中、1945年4月25日のサンフランシスコでのポーランド人としてのルービンシュタインの毅然とした姿に深く感動をうけます。

 

 てもとには、フルトヴェングラーとトスカニーニの全集があります。今後この2人の音楽家の録音を聴く時は、録音日を確認して、この本でその前後のエピソードとリンクしながら聴くこととしましょう。多分音楽の響き自体が別の色に聞こえてくるかもしれません。

 

 平和の後のボルヒャルトの死とチェリビダッケの躍進、九死に一生を得たワイセンベルク、アンチェルの家族の過酷な運命なども戦争の大きな渦の中で翻弄されています。