王事の悪徒 禁裏御付武士事件簿 | geezenstacの森

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王事の悪徒

禁裏御付武士事件簿

 

著者:澤田ふじ子

出版:実業之日本社

 

 

 禁裏の警護にあたる幕府のお付武士・久隅平八は生薬屋に扮し〈市歩〉を行い、町の治安に務めている。そんな彼のもとに、旅籠に泊っている浪人が禁裏に向かって大仰に礼拝しているという話が届く。奇妙な行為に潜む企みとは? 好評の時代連作。---データベース---

 

 これは澤田さんの「禁裏御付武士事件簿」シリーズの第3作ですが、これ以降は雑誌にも発表されていないので最終作でしょう。ただ、終わり方は唐突でちょっと残念です。このブログでは取り上げていませんが、前作となる「朝霧の賊」は最初に読んだ作品でもう2年以上前になります。その頃は澤田さんの作品は別のシリーズの「祇園社神灯事件簿」も読んでいて、京都にはわけのわからん職業がいっぱいあるなぁというぐらいにしか思っていなかったし、話の筋立てが地味すぎて取り上げる気にならなくてうっちゃっていたのでした。もう、このころの本は処分しているので内容もおぼろげです。

 

 ただ、主人公の御付武士・久隅平八の師匠の大森捜雲は死去し、平八の妹も同僚の長棟斉宮助の元に嫁いでいますし、前回の最終話は主人公の新たな立場を予感させるような終わり方で、瀕死の重傷を負い、このまま引退しお菊と結ばれて旅籠「若狭屋」の主としての「市隠し」の人生を歩むのかということが予見されました。 が、意に反してこの巻では本復しています。そういう状況を理解していないとこの第3巻は意味不明になってしまいます。

 

 このシリーズの特色は、物語の随所に京の歴史や公家の生活、文化を散りばめていて、京都という土地の特殊性と人間関係のあり方の知的好奇心をくすぐるシリーズになっていることです。禁裏並びに京都という特殊な舞台と土地柄を背景に描かれた捕物帳だけにその解決策も独特のものが多く、読み進めている上田秀人氏の「禁裏雅帳」シリーズと比較して読むとその近似性と視点の違いがわかっておもしろく読めます。この巻の章立てです。

 

◾️蜘蛛の糸

◾️印地の大将

◾️王事の悪徒

◾️やまとたける

◾️左の腕

◾️呪いの石

 

 ここで起きる事件は、京都町奉行所の管轄事件とかなり重なります。そのため、東町奉行の・同心の斎藤半次郎が度々登場します。京都には東西奉行所があって、江戸と同じように二条城の南に量奉行所があったのですが、小説に登場するのは東町奉行所が圧倒的に多いようです。巻頭の「蜘蛛の糸」でも、老娼ばかりが絞殺されるという連続事件が起こっていて、平八は斎藤半次郎とともに事件の解決にあたります。表題作の「王事の悪徒」でも、尊皇を掲げる不穏な武士たちの存在をかぎつけ、ここでも、奉行所とともに探索に当たっています。

 

 この巻で印象的なのは「やまとたける」で、もちろん神話にまつわる筋書きではあるのですが、そこには京都の閉鎖性が浮かび上がる事件が関係しています。たまたま、この澤田さんの小説では大垣藩の諸事件を描いた「討たれざるもの」という作品でも、同様な題材が取り上げられています。今でいうヘッドハンティングですが、当時は失敗すれば死が待っていたということです。

 

 かと思えば、「左の腕」では尾張藩士の関わる仇討ち事件に首を突っ込みます。まあ、澤田さんは愛知県の出身ですから東海地方の諸藩がよく登場します。そして、最後の「呪いの石」では寺町御門の立勤めをしていた平八が、武家伝奏の広橋大納言家に仕える茶之間(下女)の両手で小さな風呂敷包みを重そうに下げて、おぼつかない足取りで御門にやってきたのを不審に感じ事件の匂いを嗅ぎつけます。ここでは、広橋大納言家の用人、長谷川定信の暗殺に発展しますが、不理人と思えば、公家であろうとも暗殺してのける様は痛快です。

 

 さて、この文庫本の巻末には2004年までの著作リストが掲載されています。京都を舞台にした作品の多い澤田ふじ子さんに興味のある人はぜひ手にとってご覧ください。