神無月の女
禁裏御付武士事件簿
著者:澤田ふじ子
出版:実業之日本社
京都御所・寺町御門の警固にあたる御付同心久隅平八は、非番の日には、行商人や虚無僧、遊芸人などに身をやつして市中の諜報活動をする「市歩」だ。ある日、市歩の帰途立ち寄った店で、平八は奇妙な話を耳にした。しかも、翌朝、話しこんでいた男の一人が鴨川で殺されていたことから、平八は事件の真相を探り始めた…(表題作)。元禄期の京を舞台に、「市歩」平八の探索を描く傑作連作集。---データペース---
最近続けて上田秀人氏の「禁裏付雅帳」シリーズを読んでいますが、どうも話の展開が禁裏付の独り相撲的展開になってしまっているのを疑問に感じて、同じ禁裏付の御付武士の活躍を描いたシリーズを読んでいたことを思い出し、回り道ながらそちらを取り上げることにしました。
「禁裏付雅帳」シリーズでは無能の集団として描かれている禁裏御付武士ですが、こちらは当のヘッドである禁裏付は全く登場しません。禁裏付は1000石高の御役目で、役料は1500俵。定員2名。配下として、各々与力10騎と同心40名がいました。つまりは禁裏御付武士は、禁裏付の配下に属しています。そして、このものたちは伊賀や根来衆などを起源とする忍びにその出自を求めることができる有能な武士たちでした。ここでは、その武士の一人久隅平八を主人公とする小説になっています。立場としては朝廷の観察、管理ですが。その立場上京都所司代や町奉行所と連携した支柱の取り締まりに当たっていました。無能集団ではなかったのですなぁ。
このシリーズは3冊が出版されていて、これは第1作にあたります。澤田さん得意の京を舞台にした傑作時代小説です。禁裏御付武士とは、所司代配下で、禁裏や仙洞御所を警固する役目で、寛永二十年に設置されています。この巻は、元禄十四年が舞台というだけあって、赤穂浪士ゆかりの人物も登場しています。初出は週間小説で平成元年8月4日号から平成2年11月9日豪までに掲載された7作が収録されています。
◾️短夜の首
◾️神無月の女
◾️はかまだれ
◾️名椿の壺
◾️野狐
◾️鬼の火
◾️風がくれた赤ん坊
京都という町は天皇と公家が住むということでは特殊な存在で、江戸時代の参勤交代は西国の大名は京都を通らないルートで行われていました。広重の「東海道五十三次」は京都三条大橋で終わりますが、政治上は山科追分から大阪方面へ抜ける東海道五十七次」が重要なルートになっていました。また、幕末で描かれる京都は諸般の武士が入り乱れますからなん巻性がないように感じますが、実際は京都の旅籠の宿泊は長逗留などできず、一泊で京都を通過することが基本とされていました。諸藩の藩邸は存在しましたが、情報収集のための出先機関であって、いってみれば京都は武士の数が極端に少ない町だったといえます。
そんな京都の町で起こる事件はやはり特殊です。主人公の久隅平八は普段は寺町御門の門番ですが、非番の時は奈良の薬売りの姿で京都近郊を情報収集のため「市歩」と称して活動します。諜報活動をする隠密同心ですわな。普段江戸物の時代小説に日経つているとちよっと異質な流れと感じますので最初はとっつきにくいかもしれません。
ストーリー的には伊豆御蔵島から来た八百比久尼が色茶屋を営むという謎を探ったり、平安時代の公家出身の盗賊袴垂保輔になぞらえ京の町を騒がす盗賊を追ったりと町奉行所との連携よろしく活躍するものと、平八と懇意の信楽の陶工の息子が何者かに襲われそうになるものや、禁裏を舞台にしたあぶな絵の作者と流通ルートを探るものといろいろな展開が見られますから、テレビドラマ向きかなと思いますが、そこは公家や天皇が絡んでくるということでドラマ化は無理でしょうなぁ。
下は文庫本です。