君の名は。 小説 Another Side:Earthbound | geezenstacの森

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君の名は。 小説

「Another Side:Earthbound」

著者:加納 新太

原作:新海誠

出版:KADOKAWA 角川スニーカー文庫

 

 

 東京に暮らす男子高校生・瀧は、夢を見ることをきっかけに田舎町の女子高生・三葉と入れ替わるようになる。慣れない女子の身体、未知の田舎暮らしに戸惑いつつ、徐々に馴染んでいく瀧。身体の持ち主である三葉のことをもっと知りたいと瀧が思い始めたころ、普段と違う三葉を疑問に思った周りの人たちも彼女のことを考え出して―。新海誠監督長編アニメーション『君の名は。』の世界を掘り下げる、スニーカー文庫だけの特別編・・・データベース・・・

 

 

 『君の名は』は「新海誠(しんかいまこと)」監督のアニメーション作品で、興行収入250億円を超えた大ヒット作品です。『君の名は』のノベライズは新海誠監督の物で別に発売されています。タイトルにも “Another Side” の文字が踊っているように、あくまでも映画本編とは別のサイドストーリー。サブキャラクターたちに焦点が当てられ、彼ら彼女らの魅力を深掘りする外伝的な本──なのかと思っていたのだけれど、これを読めば本来のこの物語の本質が分かろうというものです。

 

 テッシーや四葉、サブキャラクターたちの視点で紡がれる物語は本編とはまた違うおもしろさがあります。でも、それだけじゃあない。まさか、物語上で鍵となる「宮水家」の設定を補完する内容にもなっていると頃がこの物語の肝です。これは、奇伝書の類いのたとえば「半村良」の匕の伝説の流れと同じような日本神話に纒わるストーリーが語られます。そこに、映画ではあまり深く関わらなかった父親が関与しています。この父親、かなり重要なポジションにいたことが明らかになります。本書を読むことで、さらに映画本編が楽しめるのではないでしょうか。

 

 この「君の名は。Another Side:Earthbound」は4話構成で、話ごとに主役が異なり、映画本編あるいは過去の物語が、各々の視点から紡がれる短編集となっています。順番に、瀧(in 三葉の身体)、テッシーこと勅使河原、四葉、そして三葉&四葉の父・俊樹の4人。


 文庫本ながらそこそこボリュームがあり、全268ページにわたって各々の物語が紡がれています。前半は映画のままというかコメディ色が強く、後半は世界観の核心に迫るという構成は、映画本編以上に本質が明らかになります。特に前半は各キャラの喜怒哀楽を垣間見ることができて、純粋におもしろかったです。

 

 

 第一話「ブラジャーに関する一考察」では、三葉と入れ替わり状態の瀧が糸守で過ごす日常(?)を描いています。──タイトルから容易に察せるように、本作のなかでもコメディ色の強い話で、新海作品のノベライズと同じような展開です。


 慣れない肉体に戸惑いつつも、 “とりあえず胸を揉んでから” なんて一節が違和感なく溶け込んでいるあたり、なんやかんやで楽しんでいる模様はそのままです。でも一方では、自分が入れ替わっているときと普段の三葉とのギャップを周囲の反応から感じ取り、 “三葉” という人間に対して強い関心を持ちはじめる描写も。本編でのその後の瀧の行動とも、自然にリンクしているように読めました。瀧と三葉との入替りの経緯はほとんど語られませんし、東京での瀧の様子はカットされています。


 第二話「スクラップ・アンド・ビルド」は、テッシー視点で見た三葉の変化と、糸守の街に対する複雑な思いを語った内容です。ほのかな恋愛感情でも描かれるのかと思いきや、主眼が置かれていたのはどちらかと言うと、「糸守」という地元への悲喜こもごもで、この土地の特殊生が語られていきます。


 本編でもこぼしていた「腐敗のにおい」をはじめとするモヤモヤを抱えつつも、大好きな糸守をどうにかしたいという熱い思いが汲み取れて、テッシーに対する印象がちょっと変わった印象になります。“〈こんな町〉から絶対に出ていけないのだとしたら、この町を変えるしかない” と内心では思い、冷め切った女子2人を楽しませようと動くテッシー。なかなか骨があります。


 劇中の「前前前世」が流れる場面で一瞬出ていた “カフェ” の制作過程をしっかり取り上げており、それに協力する瀧(三葉's body)との信頼関係も良い展開です。スカートでは思うように作業できないので、四葉にジャージを持ってこさせるのは、さもありなんです。この2人、出会ったらめっちゃ仲良くなれそうだよなぁと思ってしまします。

 

 続く第三話「アースバウンド」からは、徐々に話の色合いが変わってきます。序盤こそ、「最近うちのお姉ちゃんが乳揉みマシーンと化していてマジヤバい」と本気で心配する四葉の妄想と姉妹愛が繰り広げられるコメディ調ではあるものの、後半で「宮水」の核心へと向かっていきます。


 ここからは主に「宮水家」の物語であり、映画で一要素としては描かれていても主題ではなかった、「家族」に焦点を当てた内容となっています。三葉と同様に「宮水の女」として “ムスビ” の経験を経た四葉が祖母(一葉)を気遣い、お姉ちゃん大好き! であることを実感しながら成長していく流れは、実に温かくて良い流れです。あの神秘体験のシーンを新海監督が映像化すると、どうなるんだろう……などと妄想しつつ読むのも楽しい。個人的に好きなエピソードです。おっぱいも忘れない。

 

そして第四話「あなたが結んだもの」は、三葉たちの両親、溝口俊樹と宮水二葉の出会いと別れの物語でもあります。本編で口噛み酒を飲み、三葉の身体で町長のもとへと向かった瀧と向かい合うシーンから始まる。自分の娘に向かって彼が放った「お前は……誰だ?」から始まる回想ですな。


 映画終盤、ゴシップ誌か何かのページで「民俗学者→神職→町長」という宮水父の経歴がさらっと映されていましたが、第四話はその設定を踏襲したストーリーとなっています。調査のために糸守を訪れた “溝口” 俊樹が宮水二葉と出会い、親交を深め、結婚し、三葉と四葉が生まれ……そして、妻を亡くし、宮水家から出て行く顚末が描かれています。


 本編では「厳格な父親」という印象の強かった俊樹に対するイメージが変わるだけでなく、映画とも明確に紐付いた前日譚。むしろ、本編の納得度を増す内容となっていることに舌を巻いた。

 

 宮水の家を離れ、町長となるに至った経緯と悔恨の念。テッシーが “腐敗” とこぼした大人の関係性の当事者でありながら、「その土地に根付いた関係性を破壊してしまいたい」という点では、2人に共通点があるように読めるのも興味深い展開です。映画では言葉足らずに感じた「宮水家」の設定も、先の四葉のエピソードと合わせて非常に理解しやすく描かれています。


 こうして、「Another Side:Earthbound」を知ることによって、この作品がただのSFチックなアニメでなく、日本神話にまで踏み込んだ壮大な世界を描いた名作である事がわかります。