禁裏付雅帳(6)
相嵌
著者:上田秀人
出版:徳間書店 徳間時代小説文庫
近江坂本へ物見遊山に出かけてはどうか。武家伝奏の提案に、禁裏付の東城鷹矢は困惑した。公家衆を相手にするには名所旧跡の知識が不可欠、この機会に見分を広めよという。鷹矢が老中松平定信の密命を帯びた幕府の草であることはすでに露見している。間違いなく罠だ。しかし、敵の出方を知るにはまたとない機会--。心は決まった。刺客と一戦交える覚悟で坂本に向かった鷹矢の運命は!?
名所旧跡といっても近江坂本はちょいと地味なところです。まあ、提案自体が相手の罠とはわかっているのですからこちらも罠を仕掛けるという意味では都合のいい場所かもしれません。絶対に表には出ない公家の操りで、水戸藩京都藩邸の中山主膳の差し金で刺客3人が坂本で待ち伏せという展開になります。対する東城鷹矢は右腕の檜川と仕丁の土岐とのわずか3人連れです。これで対決しようというのですからちょっと無謀といえば無謀です。
この巻の章立てです。
第1章 旅山の刃
第2章 関の夜
第3章 女の思い
第4章 公家の質
第5章 親子の壁
近江坂本は延暦寺の門前街です。延暦寺といえば織田信長の焼き払いで犠牲になったところで当然この坂本もその被害で焼き尽くされています。湖岸側の下阪本には、戦国時代に、宣教師フロイスが安土城に次ぐ天下の名城と紹介した明智光秀(あけちみつひで)の坂本城があり、城下町としても栄えました。しかし、豊臣秀吉の家臣堀秀政(ほりひでまさ)に攻められた明智秀満(あけちひでみつ)が城に火を放って討ち死にし、城の場所を伝える石碑のほかは、馬場・城門ロ・的場などの地名や町並みに面影が残るだけです。しかし、交通の要所ということで、立ち直りは早く、然石を積み上げた石垣「穴太衆(あのうしゅう)積み」や、延暦寺の僧侶の隠居場所「里坊(さとぼう)」が多く遺る風情ある町並みは当時を彷彿とさせます。
さて、その日吉大社の参道で最初のつばぜり合いが始まります。ただ、ここでは檜川の活躍であっさりと片付きます。しかし、残党どもと水戸藩の家来たちが帰りの関口で返り討ちを企んでいます。ここでは、圧倒的多数の敵に囲まれ善戦はしますが、頼みの檜川が弓矢で利き腕を射抜かれ万事休すという状況になってしまいます。
しかし、そこに定信配下の津川一籏が助太刀に現れ、ことなきをえます。これには、二条家に戻されていた南條温子が不穏な動きを察知して禁裏付役宅まで知らせに走ったことで、津川がその異変に気付き、駆けつけたというわけです。ここで水戸藩中山主膳は捕らえられるのですが、その後どうなったかの記述がないのがちと解せません。
また、この功績で温子と復縁といとも簡単に復帰してきました、尚且つ正室候補として武家の娘と対等とはちょっと出来すぎですな。
この事件で、所司代、東町奉行が動くことはありませんが、襲撃失敗により掴んだ尻尾をたぐり逆に公家側に攻勢を掛けようとする主人公側にたいして、公家側はなんと、温子の父親の南條蔵人をかつぎだし、温子奪還を企てます。陰湿な裏工作を得意とするはずの公家達の、とる策がいずれも直接的な襲撃というのが焦りを感じさせます。ちょいと勇み足すぎはしないかというところで次巻に続きます。