バック・トゥ 1970/09-3
特集記事は大したことは書かれていませんが、内容は盛りだくさんです。何しろ万博で沸いた年ですから、大挙してオーケストラが来日しています。この年来日したのは、
・ドイツオペラ管弦楽団 /マゼール ヨッフム ホルライザー マデルナ
・ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団/ヴィトルド・ロヴィツキ
・パリ管弦楽団/セルジュ・ボド、ジョルジュ・プレートル
・フィルハーモニー管弦楽団/カラヤン
・クリーヴランド管弦楽団/セル、ブーレーズ
・モントリオール交響楽団/パウル・デッカー
・レニングラードフィル交響楽団/アルヴィド・ヤンソンス、アレクサントドル・ドミトリエフ
・フィルハーモニア管弦楽団/ジョン・ブリッチャード、エドワード・ダウンズ
・ボリショイ劇場管弦楽団/ユーリ・シモノフ、ロストロポーヴィチ、ロジェストヴェンスキー、エルムレル
・ニューヨークフィルハーモニー交響楽団/バーンスタイン、小沢
といったところです。で、この号ではレニングラードフィルハーモニー交響楽団が特集で取り上げられています。
本来レニングラードフィルならムラヴィンスキーが来日してもおかしくなく、この時もその予定でした。しかし、最終的にムラヴィンスキーはキャンセルとなり、度々来日していたヤンソンスが来ることになりました。もちろん、このアルヴィド・ヤンソンスはマリス・ヤンソンスの父親でありました。この年のコンサートでは、ショスタコの交響曲第5番や9番、チャイコフスキーの交響曲第5番、6番など定番の曲が演奏されています。
この来日は7月でしたが、2回目の記事で書いた桐朋学園の欧州ツアーで、最初に訪れたモスクワやワルシャワではヤンソンスはこのオーケストラの演奏会に表敬訪問したり、コンサートに出かけています。詳しくはリンク記事を読んでみてください。
当時、レコード録音に関していろいろなプロジェクトが動いていて、フィッシャー・ディースカウはシューベルトのリーと全集を完成していますし、ベームはモーツァルトの交響曲全集を完成させていました。前者は石井裕氏が、後者はドイツ人のエリック・ウェルパ氏が手紙という形で賛辞を書いています。
ここに掲載されているベームへの賛辞はどうも日本盤のモーツァルト交響曲全集に収録されているらしいのですが、小生はガイ盤で持っていたため気がつきませんでした。
この号では突然ルービンシュタインのカラー写真が巻頭に掲載されていました。小生なんかは、もうこの時代はホロヴィッツや、ルービンシュタインは過去の人だと思い込んでいたので、こんな写真が掲載されていたことすら忘れていました。当時84歳だったようです。
こちらは来日したフィリップ・アントルモンとあると歌手のフォレスターの二人の京都見物に密着した取材が掲載されていました。どちらも、モントリオール響のソリストしての来日でしたが、この親子ほど年の離れた二人は平安神宮、金閣寺、そして天龍寺とターゲットを絞ってじっくりと見学したそうです。
さて、恒例のようにこの号ではポップスはこの年のニューポート・ジャズフェスティバルを取り上げていますが、関連記事は一切ありません。また、映画批評では岡俊雄氏がビートルズの「レット・イット・ビー」、ソビエト映画の「赤いテント」、そしてウォルター・マッソーの主演した「おかしな二人」という映画を取り上げています。小生は当時、この批評に登場する映画は名古屋で公開されればほぼ観ていました。