1968年の「レコード芸術」
高校時代の友人が、ブログのネタに使ってほしいということで、断捨離の一環として保有していた1967年12月から1968年2月号の「レコード芸術」を小生に送ってくれました。
この時代のレコード芸術は表紙に話題盤のジャケットを使用していました。丁度この頃からレコード芸術を毎月購入していましたから非常に懐かしいです。この3册の中でも、特に右端のミュンシュ/パリ管の幻想交響曲は最も記憶しているもので、当時はパリ音楽院管弦楽団が解散し、新しく組織されたオーケストラとして話題を集めたもので、最初にリリースされた録音でした。
どれもこれも懐かしいもので、この1967年から1968年にかけてはレコード業界は激震が走った年でした。まあ、それは後々取り上げることとして、まずは1967年の12月号から観ていきます。レコ芸を購読し始めた頃はまだそれほどクラシックにはのめり込んではいませんでしたから、このルービンステインのジャケットには全く記憶がありません。そもそも、ピアノ曲には全く興味がありませんでしたからショパンはスルーしていました。ただ、ジャケットの右上の「DINAGROOVE」という表示は懐かしいものですなぁ。当時のRCAは主だったものにはこのマークがつけられていました。
このダイナグルーヴというものは、1963年にRCA Victorによって導入された録音プロセスで、初めてLP用のマスターディスクを作成するために使用されるオーディオ信号をアナログコンピュータで変更しました。その目的は、静かなパッセージで低音を強調し、使用中の準拠性の低い「ボール」または球形の再生カートリッジの高周波トレースの負担(歪み)を減らすことでした。
つまりは球形のレコード針には有効な録音補正方式でしたが、このあと普及する楕円針には対応していませんでした。却って音が歪むようになったんですな。そんなこともあり、1970年ごろにはひっそりと消えた録音方式でした。まあ、イコライザーによって補正されたマスターを使っていたということなんでしょう。オリジナルマスターがきちんとして残っていればこの補正したサウンドはレコードだけに残っているということになります。市場でこの時代のRCAの中古レコードの相場が低いのはそんなところに問題があるのかもしれません。
さて、本誌の中身はお宝記事の宝庫です。この1967年は日本ビクター創立40周年とやらで、特別記念としてベートーヴェン全集が発売されています。トスカニーニの交響曲全集は前巻に収録されていて、7枚組で1万円で発売されています。この巻にはおまけにトスカニーニの未公開写真集なるものがついていたようです。後巻はトスカニーニの交響曲以外のオペラや協奏曲管弦楽作品が収録されていて、こちらも1万円でした。今では考えられない価格ですなぁ。とにかくこの時代、ビクターが巻頭から9ページを使って広告を打っているのが印象的です。それが終わるとグループのフィリップスが4ページ続いています。当時の広告費の使い方がすごいです。そこからはズラーっとオーディオ関係の広告が続きます。アンプのラックス、スピーカーのコーラル、オーディオのオンキョー、ナショナル、オーディオテクニカ、パイオニアなどの名前が並びます。びっくりしたのが、ナショナルがオープンデッキを発売していたということです。テクニクスはこの時ようやくブランドとして登場していますが、メインの扱いではありません。
ビクターの次に広告を打っているのは日本コロムビアです。この時のコロムビアの広告のトップはオーマンディです。実はその前年にオーマンディ/フィラデルフィアは初来日をはたしています。この時のコロムビアの力の入れようは尋常ではなく、「オーマンディ/フィラデルフィアのすべて」というハードカバー本まで作って大々的に来日をアピールしていました。このブログでも取り上げて、リンクを貼ってありますので興味があったら覗いて見てください。
このオーマンディのベートーヴェンの第9が12月新譜として告知されていて、その告知に当時の村田武雄氏の評が掲載されていて、ベートーヴェンの書いたそのままを正確に演奏しているとしているのですが、肝心のレコード評では独奏者の評価が厳しく準推薦にとどまっています。この月の新譜には他に小沢/トロント響の「幻想」が登場していますがこれは小さな扱いです。まだまだ、小沢の存在がそれほど評価されていない時代でした。また、バーンスタインは最後のページで新譜のモーツァルトの交響曲第39、40番が告知されていますが、バーンスタインもこのころはそれほど売れてはになかったんでしょうなぁ。
そのあとトリオ、今のケンウッドが9ページの広告を打っています。こちらもメインが2トラ38のテープデッキということはこのころどこかが大量にOEM供給を始めたということなんでしょうかねぇ。
面白いのはグラモフォンはカラヤンとベームのページを分けて、キングははイッセルシュテットとミュンシュを分けて広告を打っています。まあ、キングの場合ロンドンとフェイズ4に分かれていると見ることはできますけどね。興味深いのはポピューラー畑のスタンリー・ブラックのアルバムも一緒に紹介しているということです。さらにはマントヴァーニやフランク・チャックスフィールドといったイージー・リスニング系のアルバムもクラシックと一緒に広告を打っています。小生のレパートリーはひょっとしてこのキングの戦略に知らず知らずのうちに侵食されていたんでしょうかねぇ。(^_^;)
メーカーのイメージ色というのもあって、グラモフォンは一貫して黄色ですが、この当時はロンドンが赤、東芝エンジェルIがグリーンと相場は決まっていました。後に、ここにCBSソニーがブルーで参戦することになります。
全く記憶になかったのですが、もうこの当時から「海外LP試聴記」なる記事が掲載されていました。この号では、バーンスタインのプロコフィエフの交響曲第5番、カラヤンのショスタコの交響曲第10番、1968年のウィーンフィルニューイヤーコンサート、ベーム/ウィーン交響楽団のハイドンのオラトリオ「四季」なんかが取り上げられています。ムックにはならなかった企画としては、「同曲比較」という記事もあり、この卷ではブラームスのピアノ協奏曲第2番が取り上げられています。記事は小石忠男氏が書いていますが、この年代のベストはバックハウス/ベーム/ウィーンフィルをあげています。全部で10枚のレコードを取り上げていますが、いずれも名盤ということで、絞らなければリヒテル、ギレリス、アラウの演奏もそれぞれブラームスの本質を突いた演奏ということで聴き比べを勧めています。
当時のレコ芸の低下は220円、毎号400ページを超えるボリュームは圧巻です。レコード芸術と良いながらまるで音楽の総合芸術といった趣きもあり、「ポピュラー海外盤試聴記」や、岡俊雄氏の「スクリーンジャーナル」は映画批評になっています。岡氏のすごいのは本業の映画だけでなく、別に「オーディオ・ギャラリー」という記事も執筆していて、オーディオにも強い一面を披露しています。今の「音楽の友」に近いステージ評もあり、クラシックは座談会形式、ポピュラーのそれもあり、伊藤強氏がブレンダリー、クリフリチャード、そしてミルバとビルラも取り上げています。多分、小生がクリフ・リチャードに注目するようなったのもこういう記事が当時のレコ芸にごっちゃに詰め込まれていたからかもしれません。
良い時代にこの雑誌に巡り会ったものです。