探偵・日暮旅人の宝物
著者/山口幸三郎
出版/アスキー・メディアワークス
保育士の陽子は、旅人と灯衣親子の世話を焼くため、相変わらず『探し物探偵事務所』に通う日々を送っている。ある日、陽子は夏休みを利用して大学時代の友人・牟加田の地元に出かけることになる。旅の最中、陽子は牟加田から恋人を演じてほしいと頼まれる。その頃、旅人は熱で寝込んでいて―。少年時代の思い出輝く『夏の日』ほか、全5編を収録。音、匂い、味、感触、温度、重さ、痛み―。目に見えないモノを“視る”力を持った探偵・日暮旅人の物語は続く---データベース---
新シリーズというか、本編の中で描ききれなかったサブストーリー的な話が集められています。そういう意味では、本編に含まれなかったのには訳があるというストーリーもあります。この巻の章立てです。
目次
『六月の花嫁』
『犬の散歩道』
『愛しの麗羅』
『花の名前』
『夏の日』
やや、残り物の感があるのがこの巻です。この中て光っているのが巻頭の「六月の花嫁」と「いとしの麗羅」です。この2作があれば他は入りません。
旅人と灯衣の登場ともう一組の親子西沢健也と愛歌親子です。父子家庭だった西沢家ですが、タイトル通り、愛歌はこの6月に結婚して川辺に姓が変わっています。そんな愛歌の持っているうさぎのぬいぐるみを灯衣が公園で見つけたことで話が進展して行きます。このウサギには謎が仕込まれていました。それを旅人が持ち前の視力で解決して行きます。そこには愛歌誕生の物語と両家に反対されて結婚した西沢夫妻の子供の誕生への愛が詰まっていました。旅人の推理による展開とその背後の物語は涙無くして読むことができません。
たかが野良犬ですが、旅人の目を通してみるとその犬の置かれた現在が、そして過去が見えてしまいます。そんな野良犬と探し物探偵の心温まるものがてりです。
反対に「いとしの麗羅」はこれは本編に組み込んでもらいたかった一編になっています。タイトルはエリック・クラプトンの作曲した「いとしのレイラ」にひっかけてのものだと思いますが、この作品との共通性はありません。ここでいう麗羅は雪路の妹のことです。そう、このストーリーは本編の事件に深く関わるもので、山田手帳が旅人に渡るその顛末を描いています。そして、もう一つ、レイラの誕生日メッセージに込められた謎解きがここでも揃うされます。
この「探偵・日暮旅人」シリーズにはのちにスピンアウト作品の増子刑事が登場するシリーズがあるのですが、こり一編はまさにそういう増子刑事が一方の主人公のような内容になっています。ただ、事件の解決にはやはり旅人が活躍しますので、こちらに組み込まれたんでしょうかねぇ。このストーリーでは関連する二つの事件が同時に解決して行きます。まあそういうお膳立てをするのが旅人ですが、こういう関係性で旅人は増子刑事を自分のファミリーの中に取り込んでしまうのです。
「夏の日」は特に思わせぶりな話という意味では本編になくてよかったなぁと思います。データベースでも紹介されていますが、伏線となる子供時代の話が長々と語られますが、この部分だけで先が読めてしまいます。歴史圏に属していたという陽子ですが、それらしい話は舞台の設定だけで、全く意味がありませんし、先輩が急用で来られなくなるという設定も予想通りの展開で、大学時代の友人・牟加田から恋人役を頼まれるというのもできできの展開です。そこに、突然旅人が登場するのもなんだかなぁという感じです。そのくせも旅人は風邪で熱を発しているというのですから、編集者がボツにしたのもうなづけます。