横山幸雄のベートーヴェン変奏曲集
曲目/ベートーヴェン
1.6つの変奏曲Op.34
2.15の変奏曲「エロイカ変奏曲」Op.35
3.6つの変奏曲「トルコ行進曲による」Op.76
4.2つのロンドOp.51
5.ロンド・カプリッチョ ト長調「失われた小銭への怒り」Op.129
ピアノ/横山幸雄
録音/1998-1999
ソニー 88697075082-52
今年はベートーヴェン生誕250年ということで本来は盛り上がるはずでしたがコロナの影響で関連企画は軒並み中止になってしまいました。唐牛でCDは既に前年から企画されたものが発売されていますが、コンサート関係は全滅です。オリンピックとともに盛り上がるはずだったのにとんだ誤算になってしまったわけです。
そういうこともあり、なんとなくベートーヴェンを取り上げてみたくなり、全集を引っ張り出してチョイスしました。最近FMで聴いた曲があり、気になって探したらありました。それがこのCDです。これは2007年にソニーが発売したグループのRCA,ARTE NOVA,SONYの音源によるベートーヴェン・ボックスです。2000年前後に大いに話題になったジンマンのベートーヴェン録音から、声楽・室内楽のかなりマイナーな作品に至るまで、ベートーヴェンの作品を比較的新しい録音を中心に大量に収録していました。60枚組のセットですからたいていの曲は網羅しています。
購入当時は主に管弦楽作品や弦楽四重奏などを聴いていましたが、このセットを手に入れた時にダブっていたジンマンの交響曲全集やアレクサンダー四重奏団の弦楽四重奏全集なんかはオークションで処分してしまいました。ピアノソナタは一人のアーティストでまとめられていませんでしたからそのままうっちゃってありました。FMで聴いて気になっていたのは「トルコ行進曲による6つの変奏曲」Op.76」でした。ベートーヴェンの変奏曲としては、このアルバムにも含まれている「エロイカの主題による変奏曲」や「ディアベリ変奏曲」ですが、こんな変奏曲があることはこのFM放送を聴くまでは知りませんでした。で、見つけたのがこの一枚でした。演奏しているのは横山幸雄氏です。
調べてみると横山氏はベートーヴェンのピアノソナタ全曲をはじめ、独創ピアノのための作品を全曲録音しているんですなぁ。しかし、この全集は限定発売で、その後再発されていません。そんなこともあり、このベートーヴェンボックスセットにかなりの枚数収録されたんでしょうなぁ。できることならピアノ・ソナタは全曲横山氏の演奏ならこのセットの価値はもう少し上がったろうにと勝手に思ってしまいます。
ベートーベンは若い頃を中心に幾つかの「ピアノのための変奏曲」を作曲しています。「変奏」とは一般的には「ある旋律のリズム、拍子、旋律、調子、和声などを変えたり、さまざまな装飾を付けるなどして変化を付けること」とされています。しかし、ベートーベンの「変奏曲」というジャンルにおける探求を跡づけていくと、「変化をつける」などと言う範疇に留まらないことに気づかされます。この作品は正式には「創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 Op. 76」です。何故ならば、この「変奏曲」の主題は「トルコ行進曲」ではないからです。しかしながら、「でも、これって、どう聴いてもトルコ行進曲です。今更ながらですが、この変奏曲の主題はベートーベン自身による「自作主題」だったのです。そして、その「自作主題」は後に「アテネの廃墟」のなかで転用されて、その転用した音楽が「トルコ行進曲」と呼ばれるようになったのです。そして、その「トルコ行進曲」の方がすっかり有名になったために、いつの間にか本家の「創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 Op. 76」方が「トルコ行進曲による6つの変奏曲」と呼ばれるようになってしまったのです。ちなみに、このCDのジャケットにはどこにも「トルコ行進曲による」とは表記されていません。短い作品ですが、ベートーヴェンがこの主題にこだわって変奏曲というカテゴリーを追い求めた結果でしょう。
ですから、自作主題の方にしてみれば、それはまさに「庇を貸して母屋を取られる」の類だったのです。しかし、今となっては完全に母屋は乗っ取られてしまっているので、いまさら「トルコ行進曲による6つの変奏曲」を覆すのは難しいようです。主題が今となっては「トルコ行進曲」として多くの人の耳になじんでいるので、尚更この作品は先祖帰りしたような雰囲気を聴き手に与えます。さらに言えば、ここで施された「変奏」がそれほど複雑なものではないことも先祖帰りの雰囲気を強くします。
このアルバム、最後にちょっと変わったタイトルの曲が収録されています。この曲とも初見参です。本来の作品名は「ロンド・ア・カプリッチョ(Rondo alla ingharese quasi un capriccio)ト長調Op.129」。奇想曲風ロンドという意味です。しかし、ベートーヴェンが1795年(25歳のころ)に作曲したものの、左手部分はほぼ空白のまま放置され、ベートーヴェンの死後に別人により加筆されたと言われます。「失われた小銭への怒り(Die Wut über den verlorenen Groschen)」という副題もこの時に付けられたようです。多分出版に携わったアントン・ディアベリがつけたのだろうと推察されています。この人、先にも登場した「ディアベヘリ」変奏曲のディアベリです。
曲は冒頭から急速なト長調の進行で始まります。結構人気のある曲のようで著名なピアニストも取り上げています。その中でも横山氏の演奏は早めの設定です。ロンド形式のため、途中でト短調・ホ長調など従来どおりの転調展開をする。2/4拍子で速度が速く、右手部もアルペジオが広い音形で展開するので演奏は難しいのですが、横山氏は難なく弾きこなしています。
このアルバムのメインは「エロイカ変奏曲」Op.35なんでしょう。もちろんこれも卓越したテクニックで、キラキラと音が輝いています。そうでなかったらデジタルというだけではこのボックスセットには採用されなかったでしょう。