時代小説 ザ・ベスト2019
編纂 日本文芸家協会
出版 集英社 集英社文庫
2018年発行の文芸誌に発表された200余の歴史・時代小説の短編から、これぞ傑作の太鼓判を押す11編を収録。大食い競いの顛末から徳川初期の時代性を映し出す吉川永青「一生の食」に始まり、幕末の世を舞台に武家の妻女の切ない恋を描く諸田玲子「太鼓橋雪景色」まで、一気に読ませる。名手たちが濃やかにつづる、情や志が胸を打つ、年度版アンソロジー。コレクションとしても最適なオリジナル文庫。
こういうアンソロジーが良いのはこういう機会でないと積極的には手を出せない作家の作品を読むことができるという点でしょう。
この巻の収録作品です。
1.吉川永青 一生の食
2.朝井まかて 春天
3.安部龍太郎 津軽の信長
4.米澤穂信 安寿と厨子王ファーストツアー
5.佐藤巖太郎 扇の要
6.中島 要 夫婦千両
7.矢野 隆 黄泉路の村
8.荒山 徹 沃沮の谷
9.伊藤 潤 大忠の男
10.川越宗一 海神の子
11.諸田玲子 太鼓橋雪景色
これられ作品の中では、米澤穂信氏の「安寿と厨子王ファーストツアー」が異色です。「 安寿と厨子王」というとその昔、東映動画のアニメを見た記憶がありますが、どんな内容かはさっぱり忘れていました。童話や絵本でも親しまれている作品ですが、最近ではどうなんでしょう。早い話が虐げられ、離れ離れになった親子が出世して復讐するという物語ですから今ではあまり受け入れられないのではないでしょうか。
しかし、そういうストーリーの骨格だけを題材に大胆に現代風にアレンジしたこの作品は復讐の物語にはなっていないのが特徴でしょう。一番違うのは、タイトルの安寿は池に入水して自殺してしまうのですが、この物語では助かってしまい、さらに奴婢としてこき使われるのですが、頭の山椒大夫が安寿の歌う歌を聴いて、それを利用して金儲けを企むところから脱線していきます。小屋掛して常設して歌うと扶安(ファン)がついて、商(ショー)は大人気になります。山椒大夫は小屋の入りを安定させるために、札(ふだ)を発行しますが、ダフ屋が横行して値が上がってしまいます。そこで、割り符ならぬ「契渡(チケット)」を作成し、比叡山の一角にある案範寺の寺男に販売を一手に任せます。つまり、「比安(ピア)」です。安寿の歌はやがて破楽土(バラード)と呼ばれるようになり、法の教えを布くということで、「法布(ポップ)」として世に広まっていきます。財を成した山椒大夫は安寿のために「新しく「法留(ホール)」を立てます。安寿の評判は宮古にも伝わり、安寿は都まで出向きます。山椒大夫は検非違使に気遣い京の東に道無(ドーム)を建てそこで雷舞(ライブ)を実施します。その会場には厨子王が聞きに来ていました。ということで本筋に戻っていきます。
とまあこんな抱腹絶倒のストーリーが含まれた2019年版は無茶楽しめました。他には石田佐吉(三成)と黒田官兵衛のコンビで戦国的ミステリーものという異色作である『黄泉路の村(矢野隆)』、クトゥルフと三国志の時代を絡めた『沃沮の谷(荒山徹)』、野太刀を抱え倭刀(エートー)と呼ばれる倭寇の女性を描いた『海神の子(川越宗一)』の四編が秀逸でした。女流作家の中島 要氏と諸田玲子氏の作品はいかにも女性目線でのストーリーで癒されました。特に諸田玲子氏の作品は冒頭部隊が井伊直弼が暗殺された桜田門のすぐそばという設定で、事件当日の緊迫感が作品にピリッとした緊張を生んでいます。しかし、実際のストーリーは関連がありながら全く別の視点で本編が進んでいくという落差がなんとも言えません。
巻末には選者が持ち回りでエッセイを書いていますが、今回は雨宮由紀夫氏が担当しています。ここでは、歴史小説のあり方、歴史と文学、史実と創作の制約のある中での作者の視点による物語の着想がドラマを生んでいる面白さを説いています。