時代小説 ザ・ベスト2018 | geezenstacの森

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時代小説 ザ・ベスト2018

 

編纂 日本文芸家協会

出版 集英社 集英社文庫

 

 

 2017年度発行の文芸誌に掲載された数多の歴史・時代小説の短編から自信をもっておすすめする10編を精選。気鋭の作家からベテラン勢まで、時代や舞台はさまざまなれど、圧倒的な筆力で紡がれる物語は、いずれも一所懸命に生きる人々の営みや思いを鮮烈に描き出し、感動を与えてくれる。読書の楽しさを再確認できる、いま読むべき作品を収めた絢爛たる年度版アンソロジー。オリジナル文庫。---データベース---

 

 収録されている一編一編は非常に面白いのですが、こうして2016、2017,2018と読んでくると時代背景というか、作品の焦点が三武将の周辺に限定されてくるのがちょいと気になります。つまり、信長、秀吉、家康ですな。一応、各作品にはタイトル裏に作者自身が創意工夫や読みどころを解説する「作者のことば」が用意されていて、各々の作品が独立の構想で生み出されているのがわかるのですが、編集者の意図がわかりません。ですが、見方を変えれば一つの事件を多方面から俯瞰できるという利点もあります。この巻でいうと、関ヶ原の戦い前夜を描いた村木嵐氏の『雲のあわい』と木下昌輝氏の「怪僧恵瓊」、そして東郷隆氏の「筋目の関ヶ原」はこの事件をマルチな側面で考えることができます。

 

 さて、この間の目次です。

1.中嶋隆『子捨て乳母』

2.澤田瞳子『清経の妻』

3.永井紗耶子『つはものの女』

4.木下昌輝『怪僧恵瓊』

5.天野純希『鬼の血統』

6.上田秀人『夢想腹』

7.村木嵐『雲のあわい』

8.高橋直樹『初陣・海ノ口』

9.簑輪諒『川中島を、もう一度』

10.東郷隆『筋目の関ヶ原』

 

 前巻は12作品収録されていましたが力作が多いということで、10編に絞られています。時代小説の舞台となるのが姿勢ものでいうと圧倒的に江戸を舞台とした作品が多く、ここでも冒頭の中嶋隆「子捨て乳母」の舞台は江戸の餌差町の裏長屋です。しかし、主人公の六助とお滝は上方言葉で話しています。こんなところからもなんか訳ありな夫婦だなぁと感じてしまいます。そして、話は京都で出会った8年前へと進んでいきます。こんなところに豊かな人間味が感じられ、登場人物が生き生きとしているさまが活写されます。愚夫賢妻の古典的な設定を使い、上方が銀本位であったことをさりげなく描写しながら江戸での暮らしがどん底であることを対比させています。

 

 澤田瞳子氏の「清経の妻」は2016年に続く登場ということで同じ明治初期の様子を描いています。ここでも、推理小説タッチで、同じような題材で没落武士と能役者を登場させ、そこにまたしても、隠居の晩年の鳥居耀蔵こと鳥居胖庵が登場します。そんなことで、この一編は2016年の「名残の花」を読んでいないと少々理解しにくい部分があります。

 

 永井紗耶子氏の「つはものの女」はこの短編集の中では少し毛色の違う作品ですが、江戸時代の大奥という女の世界の中で生きることを決心したお克という右筆の話になっています。江戸時代は武家の女というものは男兄弟より抜きん出ていると邪険に扱われるという男尊女卑の典型的な社会でした。そこから抜け出すために大奥に進んで居場所を求めたお克が、表使いにチャレンジする様を描いていますが、ここには現代のサラリーマン社会に通ずる交渉先との駆け引きの才能がどういうものかということを考えさせられるということでは一級の作品になっています。

 

 天野純希氏の「鬼の血統」は浅井長政に嫁いだ信長の妹、市の悲しくも健気な物語になっています。天下を取るためには親兄弟までも見捨てる非常な信長と、義を重んずる浅井長政の堆肥、そして、周りで賢く動き回る木下藤吉郎と役者は揃い短編ながら味わいのある一編となっています。

 

 高橋直樹氏の「初陣・海ノ口」は若き日の武田信玄とそれを助ける近習の成長物語、一方の簑輪諒氏の「川中島を、もう一度」はその武田信玄と上杉謙信の川中島の戦い後の対立関係を近習の推論で次の一手を探っていくという、あたかもミステリー仕立ての作品になっています。ここには若き日の武藤喜兵衛-のちの真田昌幸も登場し、物語に花を添えています。

 

 この間の解説は縄田一男氏で、「本書を手に取られた方は、あるいは、今年は馴染みのない作家が多いと思われるかもしれない。この一巻を読了されるや、必ずや、これは頼もしいと満面の笑みを浮かべられることだろう」と言葉を寄せていますが、確かに読み応え的には十分満足できるアンソロジーになっています。そして、2016年版から順に読むことによってその満足度は納さらにアップするでしょう。