時代小説 ザ・ベスト2016
編纂 日本文芸家協会
出版 集英社 集英社文庫
各年度の傑作短編を収録した日本文藝家協会編「代表作時代小説」。60年以上愛読されてきたアンソロジー・シリーズが、文庫版となって装いも新たに登場。2014~15年度の文芸誌に掲載された472編から精選。気鋭やベテランが、その力量を見せつける珠玉の10編は、市井小説から剣豪小説まで多岐のジャンルにわたる。歴史・時代小説ファンなら読まずにはいられない一冊。オリジナル文庫。
色々出版社を変えながら、1955年から2014年に渡って発売されていた「代表作時代小説」を前身とするアンソロジーの復活番です。2015年はこの種の本が欠落していたということで、この2016年版は2014-2015の2年分の作品から選出されています。以下の作品が収録されています。
1.藤原緋沙子『梅香餅』
2.天野純希『直隆の武辺』
3.小島環『泣き娘』
4.中嶋隆『山の端の月』
5.木内昇『呑龍』
6.宇江佐真理『青もみじ』
7.木下昌輝『クサリ鎌のシシド』
8.澤田瞳子『名残の花』
9.朝井まかて『紛者』
10.伊東潤『家康謀殺』
この本を手に取ったのは宇江佐真理さんの名前があったからですが、収録されているのは彼女のライフワークとも言える「髪結い伊三次捕物余話」の最後の作品でした。彼女の作品は別に書庫を設けているほど好きな作家で全作品を読破している唯一の作家さんです。ここに収められているのはシリーズ遺作の「青もみじ」で、久しぶりに伊佐次が小者を務める不破龍之進の妻きいに頼まれて活躍します。宇江佐さんの小説はホロリとさせるところがいいのですが、この話でもついつい目頭が熱くなってしまいました。
冒頭はシングルマザーの健気な姿勢の生活を描いたものです。設定にちょいと無理なところがありますが、このストーリーはハッピーエンドで終わるので良しとしましょう。
他の8人の作家の作品はこういうアンソロジーでなければ多分出会うことはなかったでしょう。特に印象に残ったのは時代物といっても日本を舞台にしたものではなく、中国のそれも694年の唐の時代の出来事を扱った作品です。則天武后の時代ですな。こんな商売があるのかというストーリーですが、科挙の試験すら受けることのできない少年の成長期を描いています。文体も中島敦の「山月記」を彷彿させるテンポで進んでいき読み応えがありました。
時代のメインストーリーの周辺を描いた作品が多くなる程と時代小説の醍醐味を味わえます。木内昇『呑龍』は新撰組の沖田総司のエピソードを描いていますし、木下昌輝『クサリ鎌のシシド』は宮本武蔵が登場し、こういうこともさもありなんと納得してしまいます。また、伊東潤『家康謀殺』は関ヶ原の合戦に向かう徳川家康の周辺で起こる暗殺事件の顛末を描いています。これは推理小説の一面を持っていてなかなか楽しめました。このころの家康はも腹老体で戦場には輿に乗って出かけているのですが、その輿を預かる4人の輿丁(よちょう)の話になっています。最後のどんでん返しは、まさにミステリーの醍醐味でしょう。澤田瞳子『名残の花』は晩年の鳥居耀蔵を描いています。南町奉行も務めた鳥居耀蔵ですが、明治時代まで生きていたとはこの小説を読むまで知りませんでした。耀蔵は失脚後、最終的に讃岐丸亀藩預かりとなり、何と明治維新の際に恩赦を受けるまでの間、20年以上お預けの身として軟禁状態に置かれていたのには驚きました。遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元とどう時代の人と思っていましたのでこれは意外でした。徹底した強圧策に人は彼を「妖怪」と呼び恐れた鳥居耀蔵の晩年の姿は武士としての矜持を感じます。
のこりも、姉川の戦いで討ち死にした真柄直隆や摂津国尼崎藩3代藩主の青山石之助をモデルにしていると思われますがストーリーは創作となっています。作者の力量が伺えます。
この2年分の時代小説は確かに読み応えがあります。