蔦屋重三郎事件帖 一 「江戸の出版王」 | geezenstacの森

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蔦屋重三郎事件帖 一 

「江戸の出版王」

 

著者:鈴木英治

発行:角川春樹事務所 時代小説文庫

 

 

 東洲斎写楽を世に出し、浮世絵で一世を風靡した蔦屋重三郎。写楽や喜多川歌麿らの浮世絵、恋川春町や山東京伝らの黄表紙、洒落本、狂歌本などを精力的に刊行し、多くの話題作を世に送り出した江戸の出版王・蔦屋にはもう一つの顔があった。人気戯作者の朋誠堂喜三二は佐竹家江戸詰の刀番である。その佐竹家上屋敷の一室で、家臣の鴨志田昭之進が何者かに殺された。遺体の傍には一枚の絵が投げ出されていた。喜三二はその絵を蔦屋に見せ、知恵を借りようとするが…。実在の人物を主人公にした、人気作家による書き下ろし新シリーズ、いざ開幕!---データベース---

 

 2017年から開始された鈴木英治氏の新しいシリーズのようですが、いささかタイトル負けをしています。ここ登場する主要人物は全て実在の人物ということで、かなりやりにくいところがあったのでしょう。肝心要の蔦屋 重三郎(つたや じゅうざぶろう、寛延3年1月7日(1750年2月13日) - 寛政9年5月6日(1797年5月31日))は、ほんのさわり程度にしか登場しません。この人江戸時代の版元(出版人)で、ストーリーの要となる朋誠堂喜三二をはじめ、山東京伝らの黄表紙・洒落本、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵などの出版で知られるまさにタイトル通りの人物です。まあ、その名を使って事件帖とはいっても、蔦屋重三郎は事件解決のヒントを披露するためにチョイ役で登場するだけです。小生がタイトルをつけるなら、「朋誠堂喜三二 松崎石見覚書」と言ったところでしょうか。松崎石見は喜三二の愛刀の作者の名前です。そう、喜三二は歴とした武士で出羽国久保田藩の江戸常府の刀番です。ただしこの本では「平沢平格」として語られます。そして、友垣として同じ黄表紙作者の恋川春町(この本では倉橋寿平)が登場しています。

 

 蔦屋重三郎はそのままの名前ですが、江戸時代の武士は出世に伴い名前をコロコロ変えます。主人公と言える平沢平格も、本名としては「平沢常富」ですがこの本では登場しません。そのほか、知足(字)、愛洲(号)、平荷(隠居号)、さらには俳号は雨後庵月成、朝東亭など多くの筆名や号を使い分けています。そんなことで、月成という名前でも登場しています。そういうことを理解して読み進めないと頭の中が混乱します。

 

 冒頭、平賀源内が登場します。あのエレキテルの源内です。そして、解体新書の杉田玄白の名前も登場します。そういう時代であったのです。平賀源内は通説では晩年殺人事件を起こし獄中で病死したことになっていますが、この本では田沼意次の計らいで田沼藩で隠居生活を送っていたことになっています。

 

 この第一巻では朋誠堂喜三二はまだ蔦屋から戯作本はまだ出版していません。舞台は1778年でその前年にライバルの鱗形屋から立て続けに6冊の黄表紙を刊行しています。そういう人気を狙ってツタヤが気散じに接近している様子から物語は始まっています。まだまだ、田沼意次の時代ですな。

 

 平格は武士としては柳生新陰流の基となった愛洲陰流の免許皆伝です。そういうこともあり、浪人と戦い、藩士の殺害については蔦屋に赴き重三郎の助言を得ます。まあ、これが唯一の事件帖らしい事件です。その後は藩主を守って活躍する平格は刀番から留守居助役に出世します。大きな流れはこんなところですがこの当時の時代背景を理解する上ではなかなか面白い作品です。ただ、タイトル通りに受け取ってしまうとがっかりする作品です。

 

 最後は駆け込みみたいな形で平賀源内の殺人事件が起こるのですが、これが実にわかりにくい二つの事件が絡まり合っています。この辺り次巻でその背景が紐解かれるのか期待するのですが、どうもそういう展開はありそうにありません。ちょっと消化不良です。