リヒテルのリストピアノ協奏曲
リスト/
1.ピアノ協奏曲第1番変ホ長調 S.124
2.ピアノ協奏曲第2番イ長調 S.125
ピアノ/スヴィヤトスラフ・リヒテル
指揮/キリル・コンドラシン
演奏/ロンドン交響楽団
録音:1961/07/19-23 ウォルサムストゥ・アセンブリー・ホール
P:ウィルマ・コザート・ファイン
E:ボブ・ファイン
PHILIPS FG-105
何度も再発されていますが1973年に発売されたもので、1000円盤のものです。リヒテルは当時は幻のピアニストと言われていたほどすごいピアニストなのにあまり知られていないという存在でした。飛行機嫌いということもあり、日本への初来日は大阪で万博が開催された1970年が最初でした。
当時のソビエト政府から1960-62にかけて海外演奏を許可されたのを機会に西側に知られるようになります。そして、この時期に録音されたのがこの録音ということになります。この録音に先立ち、アメリカでは、RCAがエーリヒ・ラインスドルフ指揮シカゴ交響楽団との共演によるブラームスのピアノ協奏曲第2番、ベートーヴェンのピアノソナタ第23番を録音しています。
さて、この録音ロンドンでの演奏会の直後に行われています。その録音スタッフですが、なんと当時のマーキュリーのスタッフが関わっています。当時、マーキュリーはフィリップスと提携していて、この1961年に買収されたという経緯もあり、こういう組み合わせが実現したのでしょう。当然ながらマーキュリーの特徴であった35ミリ磁気テープを使っての収録です。
最初は細かいデータなど記載がなく、この録音がどういう状況で録音されたかという情報も知りませんでしたが、素人ながらいつものフィリップスの録音とはちょっと違うなぁとは思っていました。フィリップスの音は全体に温かみのあるサウンドで自然ステレオ的空間の広がりがあるのが特徴ですが、これは音のまとまりが良く、リストの引き締まったピアノの響きがストレートに出ているからです。マーキュリーの録音は基本ワンポイント録音だったはずですが、コザートの証言では左右のマイクと中央のマイクによる3トラック録音だったようです。最も中央がメインで左右のマイクは補助的だったようです。
ここではピアノの音は中央に定位し、大きな広がりわ見せています。それに対してオーケストラは近代オーケストラの配置のスタイルできっちり分離しています。チェロがきっちり右で定位しているのは気持ちが良いです。この録音に先立つ演奏会の音源も残それています。テンポは殆ど変わりませんので、オーケストラのミスなどが散見される部分がある以外は非常に完成度の高いライブです。まあ、そういう事もあってセッション録音が残されたのでしょう。
リヒテルのピアノのタッチは強靭でいながらも抒情性は失われていません。強いて言うならトライアングル協奏曲と言われる第2楽章冒頭のトライアングルの音がやや控えめに収録されていることぐらいでしょうか。下が録音前日の18日のライブです。こちらのほうがトライアングルの音が明瞭に聞こえます。なをライブはモノラルです。
第1番に比べるとこの第2番は地味です。もともと作曲者自身、「交響的協奏曲」という名称を考えていたほども彼の管弦楽作品の狂詩曲に近い内容になっています。最初こそアダージョで始まりますが、その後はアレグロのテンポ指示が続きます。途中、本来の第2楽章に相当する部分はゆっくりと演奏されるので形式的には自由らいの協奏曲のように聞こえますが、切れ目なく演奏されるところが違うといえば違うのでしょうか。
リヒテルの演奏はこの曲でも手を抜いていません。冒頭の幽幻な表現からして他の追随を許しません。翌年コンドラシンはバイロン・ジャニスともリストを録音していますが、ジャニスはどちらかと意図技巧派でテクニック優先的なところがやや目立つピアニストでした。こちらは同じ録音クルーでマーキュリーレーベルで発売されていますが、出来としてはやはり、リヒテルのほうが格が上です。
こういう録音を名演奏名録音というのでしょうなぁ。最初にこのリヒフルの録音とセットた時は聴くまでは何でリヒテルが1000円版でシウ城するのか訝しく思ったものです。一部にはやはり安かろう悪かろう的なものが多分にあったからです。ちなみに、初来日の時にはコロムビアがリヒテルのチャイコフスキーのピアノ協奏曲をアンチェル指揮チェコフィルと録音したものを1000円盤で発売しています。これが大きく帯に「ステレオ」と書いてあったのに実際はモノラル録音だったというインチキ物を掴まされていたからです。
しかし、フィリップスは裏切りませんでしたねぇ。こんな名演を惜しげもなく1000円盤に投入してくれたのですから。いまでも、このリヒテルの演奏はリストのディフェクトスタンダードのポジションにあり、最高の名演であり続けています。
こちらもロンドンでの公演の音源がYouTubeにありました。
余談ですが、この録音でコンドラシンの存在を認識し、彼のレコードに注目するようになりました。そして、最初にショスタコの交響曲全集を購入したのはこのコンドラシンでした。という話はまた別の機会で。