リスト:オペラティック、ドラマテイック・ファンタジィ/ルイス・ケントナー | geezenstacの森

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リスト:オペラティック、ドラマテイック・ファンタジィ/ルイス・ケントナー

 

曲目/リスト

1.ドン・ジョヴァンニの回想S.418 18:48

2.「さまよえるオランダ人」のバラードS.441 6:30

3.結婚行進曲と妖精の踊り(メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」より) S.410 1849 10:16

4.グノーの歌劇「ファウスト」からのワルツ S.407 11:17  1861

 

ピアノ/ルイス・ケントナー

P:1968

Vox Productions, Inc. Turnabout ‎– TV 34163S

 

 

 ルイス・ケントナー、懐かしい名前です。覚えていられる方がいるかもしれませんが、1980年の第10回ショパン・コンクールでイーヴォ・ポゴレリチの一次予選通過に抗議して審査員をやめたことで旧弊的な人物のイメージがついたことが考えられます。この事件ポゴレリチが一次予選を通過したとき、ケントナーは自分の弟子たちが一人も予選通過しなかったことと、ケントナー自身が予選落ちにすべきと考えたポゴレリチが予選通過してしまったことに腹を立て、審査員を降りてしまいました。ちなみに、二次予選の時にポゴレリチが落選したときは、マルタ・アルゲリッチがポゴレリチの落選に猛抗議し、「彼は天才よ!」と言い残して審査員を降りて帰ってしまいました。多分事件としてはこちらの方が有名でしょうなぁ。さて、ポゴレリチはその後絶大な人気をバックにドイツ・グラモフォンと契約して国際的なピアニストとして売り出されるようになったのは周知の事実です。

 

 まあ、こんな人物ですが、20代半ばまでは、ステージ名をルートヴィヒ・ケントナー(Ludwig Kentner)にしていました。フランツ・リスト音楽院で音楽理論はハンス・ケスラーとゾルタン・コダーイに学び、ピアノはアルノルト・セーケイに師事しています。この門下生にはゲオルグ・ショルティもいたんですなぁ。そうそう、映画が好きな人なら1941年に映画『危険な月光』で使われたアディンセルの「ワルソー・コンチェルト」の初演者としても記憶にとどめたいピアニストです。

 

 今は処分してしまいましたが、Turnabout盤で何枚か所有していました。このLPは散財で捕獲したもので、見つけた時は懐かしい名前とともに、このレコードがファクトリーシール状態で並んでいるのにびっくりしました。前所有者は小生と同じようにコレクターではあっても良い視聴者ではなかったということでしょうか。そんなことで、供養のつもりでこのレコードを小生のライブラリに加えた次第です。

 

 ケントナーはリストも得意としていましたのでこういう録音もあったのかというのが正直な感想です。入手ついでにリストの作品リストをwikiで確認すると、まあこれに類した編曲ものがどっさりとあるではありませんか。今ではこれらの作品も含め、ピアノ作品の全て録音した全集が発売されているので驚くことはありませんが、まあ、レコード時代には考えられなかったことです。そして、レパートリーからいっても珍品で小生も初めて耳にする作品集でした。

 

 このTurnabout盤は解説はしっかりとしているのですが、今では標準となっているS(サール)番号は記載されていません。上記のリストはwikiで調べたものです。

 

 第1曲の「ドン・ジョヴァンニの回想S.418」はリスト30歳の時の1941年の作品です。結構技巧的に難曲のようで、ブゾーニは「ピアニズムの頂点をなすものとして、象徴的な意味を持つ」とかスクリャービンは本曲と《イスラメイ》を練習中に右手を故障したといわれています。

 

 Vox Turnabout のレコードはこれといって特徴のある録音ではありません。むしろ、音がくすんでいることが多いのですが、この一枚も同傾向です。録音年は不詳ですが発売は1968年ですからそのあたりの録音でしょう。

 

 曲はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を知っているなら興味深く聴くことができるのではないでしょうか。曲はオペラの第二幕、墓地にて騎士長がドン・ジョヴァンニに警告する場面の音楽("Di rider finirai pria dell'aurora")から始まります。回想と題されている通り、オペラの進行順には並んでいません。続いてオペラの終盤、騎士長が食事の席に現れる場面の音楽("non si pasce di cibo mortale")が演奏され、血よう絶技公が披露されたのちに、オペラ第一幕の二重唱「お手をどうぞ」("Là ci darem la mano")が穏やかに現れます。これが変装で繰り返され、もう一つの有名曲ドン・ジョヴァンニのアリア「シャンパンの歌」("Fin ch'han dal vino")が演奏され、こちらも3回ほど繰り返されてコーダに至ります。ケントナーのテクニックは何の破綻なく進んでいきますが、あまりドラマチックな演奏ではないために淡々と進んでいるように感じてしまいます。

 

 

 2曲めは「さまよえるオランダ人」のバラードS.441です。リストはこの曲からもう一曲、「糸紡ぎの合唱」を編曲しています。小生はあまりワーグナーのオペラを聴きませんのでこの曲がどの部分から引用されているのか知りませんが、.ワーグナーがドレスデンで≪さまよえるオランダ人≫を初演したのは 1843 年の 1 月 2 日だったことから、偶然か、あるいは意図してか、リストは原曲の初演からちょうど 29 年後の記念すべき日に、オランダ人の《バラード》を仕上げたことになります。

 

 調べると第2幕のゼンタのバラードなんだそうですが、実に歯切れの良い明るい曲です。ケントナーのピアノはケレン味のない軽やかな演奏です。ただし、技巧的な部分は難なく演奏していますのでそう感じるのでしょう。

 

 

 B面1曲めはメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」から結婚行進曲と妖精の踊りをリストが編曲しています。曲の冒頭、結婚行進曲のメロディから始まりますが、それが突然途切れてしまいます。これは頭から変奏で始まるのかなと一瞬思ってしまいますがも進むにつれて主題の全体像が現れ、ホッとします。ただ、リストの感性を通した作品ですから、自由に旋律線が跳躍します。結婚行進曲はオーケストラでは荘厳な感じがしますが、この作品はそれが軽やかなリズムのうちに進んでいきます。全体の2/3が結婚行進曲、そして残りが妖精の踊りです。

 

 この妖精の踊りは、同曲の「妖精の歌」というソプラノの曲もありますが、そちらではなく序曲にも使われているお馴染みのメロディです。序曲の中でちょこまかと動き回る妖精のメロディが流れます。そして、最後にはまだ結婚行進曲の旋律が戻ってきて曲全体を締めます。ケントナーの演奏はどこのメーカーピアノを使っていたのか調べきれませんでしたが、地味な音色でリストのスケールがちょっと伝わってこないところが残念です。あまり、個性がないところで、ここらあたりが一流ピアニストになりきれなかった原因があるのでしょうかねぇ。

 

 

 最後はグノーの「ファウスト」の編曲作品です。ほとんどグノーの作品は聴いたことがありません。まあ、ここで演奏されているファウストのバレエ音楽としてのワルツぐらいは名曲集にも含まれていますから多少は聞いたことがありますが、この曲が聴きたくてレコードなりCDを購入したという記憶はありません。原曲は6分弱の曲ですが、リストの作品は10分以上の作品になっています。原曲をピアノバージョンに置き換えながら、自由にフレーズを取捨選択しているようで、小生の耳にはオーケストラ作品より雄大な編曲に聞こえます。また中間にはドナウ川のさざ波に似た旋律まで耳に飛び込んできます。

 

 ケントナーの演奏はこの曲が一番性に合っているのか自由にテンポを揺り動かしながらダイナミックな演奏を展開しています。

 

 

 アメリカ盤のレコードはイギリス盤ほど良くありませんが、未開封だったこともあり、それなりに満足して聴くことができました。まさに、レコードルネサンスを感じさせる一枚となりました。