音の影 | geezenstacの森

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音の影

 

著者 岩城宏之

出版 文芸春秋

 

 B=ベートーヴェン、C=ショパン。ABC順にその頭文字を持つ音楽家を選び、その思い出、面白エピソードをつづった軽妙エッセイ---データベース---

 

 

 今の若い人は「岩城宏之」という指揮者を覚えている人は少ないのではないでしょうか。1960年代は小沢征爾氏よりも国内では人気がありました。記憶が正しければ日本で最初にステレオでベートーヴェンの交響曲全集を録音した指揮者です。そして、多分日本で一番エッセイを発表した指揮者でしょう。そんな彼が残した最後のエッセイ集がこの一冊です。

 それも、普段名前を聞く作曲がでは飽き足らず、いわき市のフィルターを通した作曲家で占められているというのがこの本の特徴です。クラシックの有名な作曲家にまつわる36篇のエピソードを岩城さん自身の思い出とともに記したもので、「週間金曜日」の2001年5月18日号〜2004年4月9日号まで連載されたものを単行本にしたものです。

 

  アルファベット順の最初にでてくるのはアルベニスの「エスパーニャ」というのもこだわりでしょうが、ここから発想が飛んで、曲にまつわる筆者自身の青春のエピソードは1秒間のキス」のくだりに飛んでいきます。単行本ではこの切ない初恋の模様が和田誠さんの絵になって表紙を飾っています。

 

 つまり、単なる作曲家紹介ではなく、作曲家のことを書きながら、実際は岩城宏之さんの追想録のような色合の内容です。長年様々なガンと戦ってこられた筆者ですから、音楽表現だけでなく、文章でもその足跡を残される気持ちがあったのかも知れません。バッハの「マタイ受難曲」が大好きだった武満徹を偲んだ「武満徹さんが最後に聞いた曲」でのしんみりとする交遊録など興味深いエピソードが綴られています。

 

 さて、岩城氏が最初に指揮した曲は芸大オーケストラを前にしてブラームスの交響曲第4番だったということです。ところが、芸大にその楽譜の総譜は1冊しかなく、それは当時の指揮科の教授であった渡邊暁雄が借出していたということで、手に入りません。昭和28年なんてそんなもんです。なんとか指揮をする前日に楽譜は借りられたそうですが、一夜漬けではうまくいくはずがありませんわな。驚くことにその曲は岩城氏と山本直純氏の二人が同じ曲を指揮することになっていたそうです。二人とも当時のN響の指揮者がクルト・ヴェスで彼の演奏するウィーン風の響きに憧れたからだそうです。

 

   昨今はマスコミが発達して佐渡裕氏がベルリンフィルを振るというのでフィーバーが起きましたが、岩城氏はもう60年代にベルリンフィルもウィーンのオーケストラも振っていました。ウィーン国立歌劇場管弦楽団を指揮したレコードもコンサートホールから発売されていましたし、ウィーンフィルを振ったときはレコード録音待てする計画があったと聞いています。

 

 目次

アルベニス(Alb´eniz)一秒間のキス

バッハ(Bach)武満徹さんが最後に聞いた曲

ボッケリーニ(Boccherini)地下鉄サリン事件と『悪魔の家』

ベルリオーズ(Berlioz)五人の好きな指揮者

ベートーヴェン(Beethoven)(1) ぼくが苦手なベートーヴェン

ベートーヴェン(Beethoven)(2) 絶対音感

ベートーヴェン(Beethoven)(3) 指揮者の鞄持ち

ベートーヴェン(Beethoven)(4) 九つの交響曲

ブルックナー(Bruckner)巨匠になる条件

ブラームス(Brahms)(1) 初めて指揮した曲は?〔ほか〕

 

ということで、取り上げる作曲家はかなり偏りがあります。Mではメンデルスゾーンやメシアンは取り上げられていますが、モーツァルトはありせんし、Uではウルソーなる人物が取り上げられています。しかし、この人物、架空の人物で、最後の和田誠氏との対談で打ち明けていますが、岩城氏の冗談で取り上げた人物でした。当時は誰も文句はいってこなかったということですが、ウルソー・クーキイ→ウーソー・コーキキー→うそこきなんだそうです。

 

 こういう冗談がわかる人なら、抱腹絶倒物の本ではないでしょうか。