遊戯(ゲーム)の終わり
探偵藤森涼子の事件簿
著者/太田忠司
出版/実業之日本社 joyノベルス
名古屋の私立探偵事務所に勤める藤森涼子はある大学生の素行調査を彼の母親に依頼された。彼は一日置きにほぼ同時刻に同じ歩道橋の上で、しばらくぼんやりと時間を過ごしていた。調査を終了した十日後、涼子は新聞記事で、彼が歩道橋から飛び降り自殺したことを知る…(『翼なき者』)。その他表題作を含む全六編の連作集。 —データベース---
前作まではカドカワ関連の出版社から出ていましたが、この作品からは実業之日本社から発売されています。まあ、90年代中頃から角川の分裂でゴタゴタしていましたからねぇ。作者としては1シリーズ1社という形で著作をしていたのですが、そのあおりを食ったのがこの探偵藤森涼子の事件簿シレーズということでしょう。初出は「週刊小説」で、以降は実業之日本社からの発表となっているようです。ただ、この週刊小説も2001年12月28日号で休刊になり、2002年3月中旬創刊の『J-novel(ジェイノベル)』に生まれ変わっています。
ただ、タイトルにもなっている「遊戯の終わり」は書き下ろしとなっています。
この本には以下の6作が収録されています。
1.翼なき者 週刊小説 98年4月3日号
2.犬の告発 週刊小説 98年9月18日号
3.冷たい矢 週刊小説 99年3月5日号
4.孤愁の句 週刊小説 99年10月15日号
5.封印された夏 週刊小説 00年9月8日号
6.遊戯の終わり 書き下ろし
舞台設定は前作から続いています。一つだけ変わっているのは同じ探偵事務所に勤めていた「島」が退職していました。そして、前作の負傷を負った事件の依頼人であった女性と結婚していることです。そして、新しい所員の柏木精一が登場してきます。とは言っても他の間には登場していないのでショートリリーフのような存在です。そういう設定の中でこの本は始まります。ということは涼子もまた歳をとっているということです。
涼子が担当する事件は人が死にます。それが依頼者であったり調査対象者であったりはしますが、プロットは変わりません。そんな中、冒頭の「翼なき者」はちょっと異色です。どことなくファンタジーめいた流れで結末もなんとなく未解決で続きが書けてしまいそうな終わり方をしています。
事件は短編ですが、一宮探偵事務所の中ではストーリーは繋がっています。事が動くのは「封印された夏」です。新聞記事に、新居洋一が火事で焼死したと出ていました。この男、事務所の社員ではありませんでしたが、コンピューターに精通していて、その手の関連依頼には手伝ったもらっていました。そして、死ぬ前に事務所にMOディスクを預かって欲しいと郵送してきていました。しかし、この事件放火の割にはいとも簡単に事件が解決してしまいます。犯人は同居していた母親のパート先の仕事仲間でした。
で、MOディスクは内容のわからないまま事務所の金庫で保管される事になります。しかし、これが次の事件の引き金になります。タイトル作で柏木が事務所で襲われます。朝、涼子が彼が倒れているところを発見します。しかし、取られた者は金庫の中にあったMOディスクです。時代を感じますねぇ。ほんの一時期、記録メディアとして流通したディスクで、フロッピーの450倍の記憶容量がありました。企業や官公庁を中心に登場時からデータの保存・運搬用として広く普及しており、デスクトップパブリッシングやデザイン・印刷・出版の分野では、そのメディア信頼性の高さと容量に対するコストパフォーマンスの良さから広く使われていましたが、2000年ごろまでがピークで以後廃れていきました。ちょうどこの小説が書かれた頃が、最盛期だったという事でしょう。
事務所に強盗が入りましたが、他の物が取られていないという事で、なぞが深まります。そして、このMOのデータを使って恐喝めいた事件が起こります。なんとその事件に退社した島が一枚噛んでいた事がわかります。しかし、盗まれる以前の出来事でした。しかし、この事が却ってある人物を浮き上がらせます。涼子の活躍で事件は解決しますが、一歩間違えば涼子も危ないところでした。そして、ここで島が再び登場します。ショートリリーフの柏木は退場して島が復活し、一宮探偵事務所も新しいビルに引っ越すという事で大団円を迎えます。
ただ、この章、読み返してみるとやや不自然です。MOは事件以前に柏木が持ち出していて、コピーを作成していたにもかかわらず発生しているのです。という事ではちょっとこじつけ的な事件と言えない事もありません。
ひとつ、このシリーズを読んでいて感じた事があります。それは、涼子の行動の背景にいつも音楽があるという事です。ここでも、ティアーズ・フォー・フィヤーズの「ルール・ザ・ワールド」が流れています。こういうの、さりげなく書かれていますが、これでストーリーがぐっと現実味を持って読者に伝わってきます。